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フォイクトのアワーレコード
これまでアワーレコードに対し、ある種の尊敬は持っていた。
1990年に前橋と宇都宮で世界選手権が行われるにあたり、日本国内でアシスタント・コミッセール養成の講習会が行わた。
僕は赤坂のホテルに泊まったりしてこれを受けて資格を取ったのだけど、そのときの先生(どこの国の人だったかは忘れた)は
「アワーレコードは、自転車競技において最大に尊重される記録の一つ」と言われたのを強烈に覚えている。

その後、いくつもの挑戦に立ち会い、写真に撮ってきた。
イギリスのボードマンは、スーパーマンスタイルで1996年に驚異的な56km台を記録した。
ところがそのあと規則が変わってトラディショナルなトラック用自転車の使用のみとなり、2000年にボードマンが49km台を出した。

ところが今回のフォイクトのアワーレコードなんだけど、再び規則が変わって、ディスクホイールやTTハンドルが認められているのだ。あのトラディショナルな自転車の使用の決定が再び覆っている。
いったい、何度規則を変えるのだろう。
フランチェスコ・モゼールは今回の記録に、「規則の変更があまりにふざけている」とはっきり言っている。
まったくその通り。
一回、規則を変えたのだから、そのまま続けるべきではなかったのか?

とにかく、カンチェッラーラかマルティン、ウィギンスあたりが挑戦してあらたにゼロから出発しない限り、アワーレコードの価値はなくなってしまうだろう。
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