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代表撮影が急にやってきた
朝起きたら、あまりの雨の凄まじさに意気消沈。
それでもフィレンツェのドゥオーモに歩いて行って写真を撮った。
そのあとコース上の巡回バスに乗って撮影ポイントで写真を撮ったものの、身体が濡れて寒くなって来た。
もうプレスルームに戻って着込んで来るしかかない。

プレスルームに行くと、ちょうどワトソンがオートバイから降りて来て、
「雨でカメラが壊れた。もう撮れない。砂田、交代だ」と、ヘルメットを渡された。

こうして、2005年の世界選マドリード以来の代表撮影者となった。
オートバイに乗ることは想定していなかったので、雨具や靴も軽めのものしか準備しておらず、身体はびしょ濡れ。
それでもアドレナリンが出まくって、一日かなりハイな状態だった。
レース後にドーピング検査に呼ばれたら、ホルモンの異常値が出たかも。

今日、僕の撮った写真は、世界のいろんな国で出たと思う。
ジロでの罰金
数日前、オートバイの運転手が立て替えてくれていたジロでの交通違反の罰金を本人に払った。
ナポリ市内のバスレーンをクルマで走ったからなんだけど、そのときのジロ関係者が切符を切られた交通違反は凄まじく、オーガナイザーだけで70件!
中には駐車違反を同じ場所で1日に4回もとられた人もいたという。
もうナポリに行くのは勘弁してほしい。
トリュフのパスタ
トリュフのパスタ
自分の三大好物はピミエントス・デ・パドロン(スペインのパドロン産のししとう)、パクチー、ビールですが、世界三大珍味に称されるキャビア、フォアグラ、トリュフも大好きです。

先日の茸レストラン、最初に頼んだパスタがタリエリーニ・アル・タルトゥーフォでした。普通の茸も入っていますが、味付けはトリュフ(イタリア語ではタルトゥーフォ)です。
でも、もうちょっとケチらずにトリュフを入れてほしかった。味がやや薄かったです。

今、フィレンツェ近郊のカレンツァーノという町に泊まっていますが、初めて行った自転車の世界選手権が1985年。当時はトラックとロードの同時開催で、トラックがイタリアのバッサーノ・デル・グラッパ、ロードがトレヴィーゾでした。バッサーノはご存知グラッパ酒の本場でもありますが、周辺は茸の産地でもあり、テレビカメラマンのピーノと毎日てんこ盛りの茸のソテーを食べた思い出があります。
間接照明が好き
間接照明が好き
昨日入ったレストラン。
イタリアに多い、この柔らかい光がちょうどいいです。
日本の飲食店は、直接照明が多過ぎると感じています。
だけど、アメリカやドイツ系の国に多い、なんちゃってイタリアンのろうそく照明だとか、かなり暗いスタイルは大嫌いです。
フィレンツェのドゥオーモ横で撮影
フィレンツェのドゥオーモ横で撮影
今日はフィレンツェのドゥオーモ(大聖堂)の横で撮影した。
とてもテクニカルな撮影だけど、その分、楽しかった。
しかし、ミラノのドゥオーモと違って手入れの行き届いていること!
ミラノのは排気ガスと経年劣化で薄汚れているけど、フィレンツェのものはいつもピカピカに見える。
ミラノは商業都市で、フィレンツェは観光都市だから、メインテナンスにかけられる予算が違うのだろうか?

とはいえ、ミラノのドゥオーモの横にあるヴィットリオ・エマヌエーレ通り、あそこも立派なのだが、老朽化が激しく、ミラノが手入れにかけているお金がすごいことを最近知った。
世界選の会場にて
世界選の会場にて
昨日、世界選の会場であるフィレンツェに到着しました。
プレスルームは巨大ですが、まだがらんとしてます。

横にバールがあって、ちょっとしたものを飲食できるようになっています。
ここで働いているのは知的障害を持つ人と、それを支えるボランティアの人。
なんか一生懸命にお客さんの対応をする姿に胸が熱くなりました。

自分が持っている悩みなどは、こうした人たちの苦労から見ればもうちっぽけなもの。
いったい自分はなにしてるんだろうって思います。

切り売りのピッツァを頼んだら、中がまだ冷たかったけど、とてもおいしく感じられました。
プロトンのツール・ド・フランス特集デジタル版
アメリカの月刊誌「プロトン」が私の写真で作ったツール・ド・フランスのデジタル版がここで見られます。

http://www.pelotonmagazine-digital.com/pelotonmagazine/cannondaletdf2013
ジェイ・スポーツのオンラインショップ
ジェイ・スポーツのオンラインショップ
ジェイ・スポーツのオンラインショップで、2014サイクルカレンダーの予約が始まっています。
壁掛け版と卓上版の2種類があります。
いずれも今シーズンの主なレースのシーンを選りすぐって入れました。

また、2013ツール・ド・フランスのDVD&ブルーレイの予約も始まっています。こちらはパッケージに写真が使われています。

http://store.jsports.co.jp
500mm持参
500mm持参
自分が持っているレンズでいちばん長いのは500mm。
あまり使わないけど、好きなレンズの一つです。
今度の世界選に持参します。土曜日出発。
トークショー 〜100回大会を迎えたツール・ド・フランス〜のご案内
11月4日、幕張メッセで行われるサイクルモードに出演します。
詳しくは以下をご覧下さい。
http://www.cyclemode.net/event/detail/4/
世界選はすでに始まっている
世界選はすでに始まっている
ブエルタは一方で世界選を見据えてのレースになっている部分がある。
イタリアは、開催国のメンツにかけて男子エリートで優勝しなければならない。
メディアのボルテージもあがってきた。

先日、ブエルタにイタリア・ナショナルチーム監督のパオロ・ベッティーニがやってきた。
出場が内定している選手に声をかけて調子などを聞いていたが、どの選手が実際に選ばれるか、毎年騒動が起きる。
ベッティーニはこれまできわどい選手の選定になると、彼の交友関係を重視して来た観がある。
それは端から見れば一目瞭然で、毎回批判されて来た。
今回もベッティーニが去ると
「またあいつの友人が選ばれるんだろ」という声が必ず聞こえる。
それはもうコミカルだ。
各選手、そして各チーム、各スポンサーの利害関係も絡み、世界選はすでに始まっている。

写真はアスタナの監督マルティネッリと話すベッティーニ。ベッティーニが去ると、そこにお決まりの「どうせあいつの友…」という愚痴が(笑)。
ブエルタ・ア・エスパーニャ終了
ブエルタ・ア・エスパーニャ終了後、マドリードからすぐに300kmクルマで走ってサラゴサ近郊に宿泊。
翌日月曜日は1300km走ってミラノの家に無事到着しました。
今はミラノの家にいて、洗濯や後片付け、写真の整理、原稿書き等をしながら、今度の土曜日に出発する世界選手権(イタリア、トスカーナ)の準備をしてます。
ペニャ・カバルガのステージで感動
ペニャ・カバルガのステージで感動
昨日のペニャ・カバルガのステージ、ゴールの1km手前で写真を撮っていたのだけど、凄く感動した。
このブエルタ・ア・エスパーニャは毎年クルマでの取材で、オートバイには乗っていない。
だから、逆にふだん見えていないものを発見できるのだ。
クルマで行って、そこで停まって写真を撮るのだけど、選手が来たときに起きる大歓声には驚いた。鳥肌が立つような興奮だった。
オートバイでは発見できないことだ。
たまにクルマで行って写真を撮るのも悪くないものだ。
メッセージ、ありがとうございます。
メッセージ、ありがとうございます。
みなさん、誕生日を祝ってくださって、どうもありがとうございます。
本来ならばメッセージを送ってくださった方々、一人一人にお返事しなくてはならないのですが、この場を借りて失礼します。

今日で52歳になりましたが、自転車レースの取材を生業にしてからちょうど25年が経ちました。ジロもツールも25回、世界選やその他のビッグレースもこの回数に近く、つまりシーズンを通して重要なプロのレースのほぼすべてに足を運んでいます。
こうした仕事はクライアントがあってのことなのですが、その一つがイタリアのカンパニョーロ社です。
ご存知カンパニョーロは自転車の歴史を作って来たパーツメーカーで、僕が自転車に乗り始めた頃は憧れのブランドでしたが、海外の最初のクライアントになってくれたのはこのカンパニョーロなのです。
そしてそれは20年前のことで、1993年のジロのタイムトライアルを走るこのミゲール・インドゥラインの写真をポスターとして使ってくれたのです。
この年のミラノショーでファンたちが奪い合うようにポスターを取って行く姿は今でも忘れられません。
以降、カンパニョーロは毎年なにも言わずに自分の写真を使い続けてくれています。
インドゥラインはツール・ド・フランスに5回、ジロ・ディ・イタリアに2回勝ちましたが、彼を支える人気は戦績もさることながら、その人柄です。
父親としてもチャンピオンだと聞きました。
僕がこれまで見て来た選手の中で誰がいちばん好きかと聞かれれば、やはりミゲールです。最初の海外の仕事を作ってくれた選手でもありますからね(笑)。
彼にサインを入れてもらったそのポスターを、今でも額に入れて飾っています。

いつまでこの仕事を続けるかは分かりません。
この仕事が大好きで天職だと思っていますが、やはり家を空けたり、日本から遠いところで働く大変さが重くのしかかっています。
実は現在取材中のブエルタ・ア・エスパーニャが始まってすぐに、妻のお父さんが他界しました。僕とSkypeで話をした数時間後に亡くなったそうです。葬儀にも行くことが出来ず、ちょっと落ち込みました。何年か前、医者をやっていた従兄弟が急死したときも、レース中でなにもできませんでした。
仕事を放り出して帰るわけにもいかず、そういった意味ではヨーロッパに住んでいるフォトグラファーたちや、単なるフリーランスの人たちとは状況が違うのです。

まあ、日本で自分が主宰する雑誌もありますし、もうちょっとは続けようと思っています。
だけどやめたときには富山で趣味として農業をやり、夜は酒を飲みながらジェイ・スポーツを見ると思います。
そしてトラクターで畑を耕す一方、スポーツカーに乗っているじじいがいたら、僕かもしれません(笑)。

それではみなさん、どうもありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。 砂田弓弦
ドーピングで無罪放免となったとき
ドーピングで無罪放免となったとき
ジロで陽性反応が出たディルーカとサンタンブロージオのその後が報道されず、以前から気になっていた。
ツール・ド・フランスでガゼッタの記者に聞いたところ、彼らもうわさ話しか知らず、
「ディルーカは再検査をせず(=薬物接種を認めた)、サンタンブロージオはパン屋で働いているという話を聞いた」とのことだった。
そして今日のガゼッタはようやく報道したのだが、ディルーカは12年の出場停止の可能性がある一方、サンタンブロージオの陽性反応はかなり疑わしく、シロになる可能性が大きいことを示唆している。
もしサンタンブロージオが無罪となった場合、ジロでチームを去ってからの給与が支払われるかというと、まったくないはずだ。

リッコの奥さんは無罪になったけど、旦那がかなりの刑をくらっていただけに、最初から先入観をもたれてしまった。これを正しく批判したのは、僕の知る限り、ポッツァートだけだった。
今、メリディアーナで走っているシンケヴィッツは、一回刑を喰らっていただけに、2回目の陽性反応が出たとき、これまた強い先入観をもたれてしまった。
無罪放免となったとき、彼の訴えはほとんど報道されなかった。

一昨日のツール・ド・ブルガリアで区間優勝し、今リーダーとなっているディグレゴリオは昨年のツール・ド・フランスの最初の休養日に禁止薬物取引の疑いで逮捕され、コフィディスから即刻解雇された。だが所持していたのはビタミン剤で、無罪となっている。

逮捕されたときには大々的に扱い、無罪だったときには1行で終わりというのが、自転車を扱うマスコミだ。

僕は昨年の暮れのジェイスポーツの特番に出演し、ドーピングについて意見を述べた。
もともと人前でしゃべるのが苦手でうまくいえなかったけど、こういう事例がいくつも自転車界にあるので、単に刑だけ重くしてもダメだと思うのだ。
冤罪だった場合の救済措置が自転車界にまったくないのだ。
アロンソのニュース
アロンソのニュース
アロンソがエウスカルテル買い取りか。
さすがF1レーサーは桁が違う。
スペインのテレビのニュースもこのことを伝えています。
今後のこともあり、僕も何本かメールのやりとりをしました。

でも、ツール・ド・フランス最終日にエウスカルテルの選手といっしょにバスで空港に行ったけど、危機感はかけらもなかったなあ。
幸せな連中です(笑)。

写真は2010年のジロでのアロンソ。横にいるのは今、ブエルタを走っているアロヨ。
今日のゴール
今日のゴール
今日のブエルタ・ア・エスパーニャのゴールは、一昨年の第5ステージと同じ。
激坂だから、選手がゴールすると、マッサージ師たちがいっせいに飛び出して選手の尻を押すから、ゴールが大混乱するのだ。
コミカルなんだけど、仕事するのは超大変。

これは一昨年の優勝のロドリゲス。
この写真はフランスの雑誌の折り込みポスターにもなりました。
本が送られてこないので知らなかったのですが、パリの空港で見て初めて知りました。