2024-11-20
イタリアは名将マルティネッリが立候補
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2024-11-17
セルジュ・パウェルスがベルギー・ナショナルチーム監督に
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2024-10-18
東京での写真展
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2024-10-02
ランカウイの厳しいステージ
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2024-09-28
ゆいの壁
ゆいの壁
大事なのは記録すること
イタリアに戻ったトンティ(フジ)からメールをもらった。
「本当に良い経験だった」と書いてあった。
皆さんの応援がありがたかったのだと思う。
最初に彼を見たときは、カンティーナ・トッロでディルーカのアシストをやっていた。
ディルーカはあるステージで遅れてしまって総合が絶望的となったので、今度は区間を狙いに攻撃した。そのとき、山場でトンティがリードした。
ところが調子の悪いディルーカは切れてしまった。にもかかわらず、トンティがこれに気づかずに前に行ってしまったものだから、僕はオートバイから彼にこれを教えてスピードを緩めさせた。
いちばん彼の走りで印象にあるのは、2004年のジロ。
サエーコでシモーニのアシストをやっていたのだけど、クネゴが絶好調となった。
そしてドロミテのステージで、マッツォレーニといっしょに先行し、そして後ろからアタックしたクネゴを迎え入れて、3人で走り続けたのだ。
クネゴはこのステージをとってマリア・ローザをポポヴィッチから取り戻したのだけど、この翌日のちょっとした上り(たしかトレントの方だったと思う)でトンティが遅れた。やはり前日、相当無理したのだということが分かり、ちょっと感動してシャッターを切ったのを覚えている。
ところで今日、友人のお父さんの葬儀に出席したのだけど、近所のおじさんがその様子を写真に撮っていた。
どんなに悲しい出来事でも、家族にとって葬儀は貴重なこと。
写真はあとからとても大切になってくるはずで、これぞ記録写真の神髄だと思った。
うまいとかへたとか、そんなものは二の次で、記録することに意義があるわけです。
僕はチクリッシモという雑誌をスタッフといっしょにやっている。
読んでくれているプロのデザイナーたちから、もっとデザインがんばれよと言われることも少なくないのだけど、信条にあるのは、なによりもこうした記録なんです。
そうしたことがちゃんとできてる本は、時が経つにつれてより貴重になると思う。
早い話が、みなさんの本箱にいつまでも収めていただけるようなものを作りたいと思っているわけです。
「本当に良い経験だった」と書いてあった。
皆さんの応援がありがたかったのだと思う。
最初に彼を見たときは、カンティーナ・トッロでディルーカのアシストをやっていた。
ディルーカはあるステージで遅れてしまって総合が絶望的となったので、今度は区間を狙いに攻撃した。そのとき、山場でトンティがリードした。
ところが調子の悪いディルーカは切れてしまった。にもかかわらず、トンティがこれに気づかずに前に行ってしまったものだから、僕はオートバイから彼にこれを教えてスピードを緩めさせた。
いちばん彼の走りで印象にあるのは、2004年のジロ。
サエーコでシモーニのアシストをやっていたのだけど、クネゴが絶好調となった。
そしてドロミテのステージで、マッツォレーニといっしょに先行し、そして後ろからアタックしたクネゴを迎え入れて、3人で走り続けたのだ。
クネゴはこのステージをとってマリア・ローザをポポヴィッチから取り戻したのだけど、この翌日のちょっとした上り(たしかトレントの方だったと思う)でトンティが遅れた。やはり前日、相当無理したのだということが分かり、ちょっと感動してシャッターを切ったのを覚えている。
ところで今日、友人のお父さんの葬儀に出席したのだけど、近所のおじさんがその様子を写真に撮っていた。
どんなに悲しい出来事でも、家族にとって葬儀は貴重なこと。
写真はあとからとても大切になってくるはずで、これぞ記録写真の神髄だと思った。
うまいとかへたとか、そんなものは二の次で、記録することに意義があるわけです。
僕はチクリッシモという雑誌をスタッフといっしょにやっている。
読んでくれているプロのデザイナーたちから、もっとデザインがんばれよと言われることも少なくないのだけど、信条にあるのは、なによりもこうした記録なんです。
そうしたことがちゃんとできてる本は、時が経つにつれてより貴重になると思う。
早い話が、みなさんの本箱にいつまでも収めていただけるようなものを作りたいと思っているわけです。