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フランスで発行される写真集の仕事
フランスで発行される写真集の仕事
フランスでは毎年複数のイヤーブックが発売されている。
その一冊はレキップが出しているもので、毎年僕の写真も使われている。
今年はさらに別の写真集も任された。
http://www.cyclismactu.net/news-livre-le-grand-livre-du-cyclisme-fran-ais-d-s-le-17-novembre-tdf2017-tdf2018-livre-cyclisme-cycling-lnc-70669.html
この本のワールドツールを担当させてもらったのだ。
販売もされるけど、フランスプロ選手組合が買い上げてプロ選手全員に配布するというのがうれしい。
11月17日に発売されるが、僕の手元に送られてくるのが待ち遠しい。
ジャパンカップ終了
雨の中、カノラが勝ったけど、いい選手だわ。
あと2年はニッポと契約があるというけど、他のチームが欲しがることは確か。
昨年までの2年間はユナイテッドヘルスケアで走っていたけど、チーム予算の削減でレースが限定されたために、国際的にはマイナーな存在だった。
僕自身、2014年のジロで区間優勝したことすら忘れていた。


フラヴィオ・ジュッポーニのこと
フラヴィオ・ジュッポーニのこと
先日、日本に帰国する便の中でのことだ。
僕はイタリア女性の隣だった。
挨拶して座席に座ると、イタリア人男性が来て座席を譲ってくれないか聞いて来た。
最初に彼が持ちかけて来たのは窓際だったので、悪いけど断った。
そうしたら、今度は通路側を確保したからと来たので、OKした。
荷物を移動するのが面倒だったけど、別に最初の座席にこだわりがあるわけではなかったので、どうでもよかった。

新しい座席の斜め向かいに立って喋っている男性がいた。
間違いなく、1989年のジロ・ディ・イタリアで2位になったフラヴィオ・ジュッポーニだった。
だけど、全然顔も体型も変わっていないので、逆に人間違いかもしれないと思い、同僚と思われる人物に聞いて見たら、間違いなかった。
声をかけると彼はよく覚えていてくれた。
僕らは1989年に立川の昭和記念公園で開かれたスーパークリテリウムでいっしょだったのだ。

当時、彼の奥さんもいっしょに来日し、仲のいいところを存分に見せつけられたけど、すでに離婚して、彼の隣に座っている人が今の奥さんだという。共に美女である。
彼は現役の時、イタリアで、いや世界で初めて選手をやりながらチームマネージャーとなった。
だけど、チームについたスポンサーはサン・マルコだけで、しばらくは「サン・マルコグループ」というチーム名で活動したけど、まもなく解散に追い込まれた。
人づてに聞いたのは、以前稼いだ金をそのチームにつぎ込んだために、一文無しになったという。
引退後、しばらくはテレビの解説をしていたのでときどきレース会場でいっしょになったが、今から15年以上くらい前には姿を消した。

先日のミラノ〜トリノである元選手が見にきていた。
彼は今、ポジションを出す仕事で忙しくしている。
僕は
「元選手が仕事を見つけて元気にしている姿を見るのはすごくうれしい」というと、満面の笑みで握手してくれた。
プロ選手が仕事を見つけるのは、並大抵のことではないことを僕はよく知っているからだ。

ジロで2位になったジュッポーニだが、僕が機内で声をかけると周囲にいたイタリア人はポカンとしていた。彼が元選手だったことを知らないと言ったのには心底驚いた。
彼は自分の名を切り売りしていなかったのだ。
そんな彼をますます好きになった。
奥さんも彼も、今度ベルガモの家に遊びに来てくれという。
なんだか、最高の再会になった気がした。

写真は1989年のジロ・ディ・イタリア最終日の表彰。今から見ると、とても地味な表彰台だ。左のマリア・ローザがフランスのローラン・フィニョン。真ん中はイタリアの英雄フランチェスコ・モゼール。その右が2位のフラヴィオ・ジュッポーニ。この年の最終ステージはフィレンツェだった。
時差ボケ
毎年、帰国した週末にジャパンカップがあるけど、今年は約2週間ある。
だから家で多少はゆっくりできるのだけど、それでもいろんな雑用があるし、また時差ボケと戦わなくてはいけないのは毎回のこと。
今もなかなか眠れない。
だけど、今日は昼寝をし、これでかなり楽になった。
飛行機のパイロットやスチュワーデスさんたちはどうしているのだろう?
70歳定年制
昨日のロンバルディーアの写真、ここのところよく出ているフランスのレキップには使われなかったけど、イタリアのガゼッタには使われたようだったので、近くのバールにコーヒーを飲むついでに見に行った。
そうしたら、昔のガゼッタのレースのスタッフとばったり出会った。

僕はミラノ郊外に住まいがあり、ガゼッタはミラノだから、レースのスタッフも近所に少なくない数がいる。
この人は長年、審判を乗せるオートバイの運転手をやっていた。2013年のミラノ~サンレモでは雪が降ってレースが中断したので終了時間が遅くなり、ミラノに戻る電車がないことをオーガナイザーに伝えると、彼がミラノの中央駅まで送ってくれたのだ。

僕のオートバイの運転手も70歳定年制のおかげで昨日が最後だったけど、彼が言うには、昨日のロンバルディーアを最後に退く人が数人いると言う。
全然知らなかった。
僕もいつかはこの仕事を辞める時が来る。
そして2、3日はそのことが話題になるかもしれないけど、すぐに誰も話に出さなくなる。
そんなものである。
ヨーロッパで最後のレース
今日はジロ・ディ・ロンバルディーア。
自分にとって今年ヨーロッパ最後のレース。
月曜日にこちらを出て火曜日に帰国。都内でクリテリウムさいたまの打ち合わせをして、帰宅の予定。
残りは今日のレース、ジャパンカップとさいたま。シーズン終了が待ち遠しい。
カタルーニャの独立運動での警察の暴力の酷さ
カタルーニャの独立運動で、警察の暴力の酷さが世界中から非難されている。
スペインの警察の横柄さは、昔からひどいのだ。

ジロもツールもレースを仕切っているのは主催者のスタッフだ。
ところが、ブエルタ・ア・エスパーニャは昔から警察の力が強く、会場内の交通整理は警察が行う。
すると、なにか質問すればまずはNoと答える。
彼らにとっていちばん都合がいいのは、権力を示すことなのだ。
僕は一回、駐車場で警察から手錠を出されたことすらある。

レースをテレビでしか見たことがない人は、まったく理解できないだろう。
フルームとコンタドール、二バリが走っているレースのどこが悪い?くらいにしか思わない。
レース会場に行って見ないと分からないことはたくさんあるのだ。