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ミラノに戻り、そして帰国便に搭乗します
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュが終わった後、パリまでの350kmを車で移動し、ドゴール空港の近くのホテルに宿泊。
強い雨に遭い、なんか久しぶりに雨を見たと思った。
夜の12時まで写真を電送し、そして朝は5時半に起床。
レンタカーを返してチェックインに。
安売り航空会社なので、重量や手荷物でいろいろ言われるかと思って、2時間前に空港に言った。
言われたら、いろいろ対応策を練るためだ。
だけどあっさりと切符をくれ、なんか拍子抜け。
再びレンタカーを借り(これが小型車のスマートで、1日たったの9ユーロ!)ミラノの家に戻って、ジロの用意をした。
これからマルペンサ空港に行き、帰国便に搭乗します。
急ぎの仕事はないため、酒でも飲んでぐっすり寝ようと思う。
リエージュから
昨日はマキュウェンの自宅(ベルギーの方)に行ってきた。
今日も快晴で、暑いくらい。連日のユーロ史上最高値と同様に、落ち着く気配がまったくない。

バッソなんだけど、血液が彼のものなのかどうなのかは検査の結果を待たなければ分からない。
だけど、少なくともガゼッタの論調では、なんとなく怪しいという感じで、今日もマンサノの告白が大きく出ている。
ベッティーニやモゼールは
「今になってこういう話が出てくること自体がおかしい。シーズンオフの冬の間に片づいていなければならないこと」という。
ランディスの検査結果もツールが終わってからだった。
あれば検査の特質上、仕方がない部分はあるけれど、もう21世紀なんだから、もっとスピーディーに処理できないものか。
とにかくこういうことが続くと、自転車への悪いイメージはどんどん深刻化していくばかりで、ファンも僕ら自転車で食っている人間も、そしてまじめに走っている選手も、ただがっかりするだけだ。
フレーシュ・ワロンヌ終了
今日もベルギーは快晴で、半袖でもいける。
アルデンヌのレース(いわゆる北のクラシック後半戦3レースの総称)で雪が降っても驚かないけど、半袖になるくらいに暖かいというとこれは異常だ。

自転車界はバッソがディスカバリーから謹慎処分となった件で騒いでいるが、関係者に聞くとみんな冷静で、もし血液が彼のものだったら処分されて当然という感じだ。
いずれにせよ、もしそうなったら
「おれたち、仕事変えようか」とイタリアのカメラマンで言いあった。

明日はマキュウェンの自宅を訪問する。一週間ほど前に聞いていたのだけどなんの連絡もなかったからあきらめていたのだけど、昨日時間の調整がついたらしく、本人からOKの連絡がきた。
これはジロ終了後に出るチクリッシモにたぶん掲載されることになると思います。
それから5月10日に発売されるチクリッシモも楽しみにしていてください。
今回の主な内容はクラシックレースと選手名鑑です。
アムステル・ゴールドレース終了
昨日のアムステル・ゴールドレースで写真を撮る段になって、ズームレンズから変な音が聞こえる。
パリ〜パリで埃が入ってしまったのだ。
僕が首をかしげていると、ワトソンが
「おれは400ユーロかけて掃除してきた」と言う。
だけど、使っているうちに音が出なくなって、400ユーロ節約できた。
いったいあの埃はどこに行ったのでしょうね。

この時期にしては異常なまでに温かく(暑く)、世界全体で環境問題に取り組んでいかないとますます大変なことになっていくのではないかと思った。
日焼け止めを忘れてきてしまったおかげで、昨日の1日だけでずいぶん焼けてしまった。
「日焼けは身体に悪い」というと、ヨーロッパの連中は
「またバカなこといっている」というけど。

今日もいい天気で、起床してから手で洗ったシャツが昼前にもう乾いてしまった。
今はベルギーに滞在している。
僕がいつも
「ああ大変、疲れた、時間がない」なんてばかりダイヤリーで書いているから、なかなかメールを送れませんと言われた。
だけど、よほど時間のないとき以外はちゃんと返事を書いているし、それはそれでとても楽しいですから、遠慮なくどうぞ。
長い一日
きょうは長い一日だった。

まず昨日の事件なんだけど、実は昨年も同じところでタイヤのサイドを切られている。そのときは歩道でこすったわけでもないのになぜタイやサイドがパンクしたのか不思議でならなかった。
今から考えると、あれもオートバイ泥棒による仕業だ。
そのときもルノーのクリオだったけど、中古のタイヤを買ってつけた。
だけど、スペアタイヤの外し方と元に戻すやり方が複雑で、どこの店でもできなかった。
ルノーは買っちゃダメですと僕もここに書いたのを覚えている。

今回もパンクしたタイヤは修理不能で、これがないとベルギーやフランスまでの旅が不安だった。
中古のタイヤを買うとか、パンク修理剤を持って走る方法を考えたけど、泥棒による被害だったわけで、ちゃんと保険を使おうと思ったのだ。
それにルノーユーロドライブという、いつも借りているレンタカー会社の対応もちょっと見ておきたかったからだ。

そこで朝、警察に行って昨日のパンク事件のことを話し、証明書をもらってきた。
僕の前にはトラックの運転手がいて、降ろした積み荷が次の日に行ったら全部盗まれていたとかなんとかで、この人だけで30分待ち。
ようやく僕の番になったけど、なにしろ日本の警察のように警察官が溢れているような状態ではなく、たった一人でやっているので、電話の応対やら扉の開け閉め(日本のように外からは自由に入れない)などで忙しいからなかなか進まない。
もう警察には何度も行っているけど(全部盗難の被害届けです)、このスピードには我慢が必要だ。
犯人のことを聞かれ、浅黒い顔でイタリア人ではなかったというと、驚いたのは警察官が
「たぶんモロッコ人」と書いたことだ。モロッコの人が聞いたら怒るだろうけど、それだけイタリアでの犯罪が多いのかなあ。

さて、もらってきた被害届をフランスのルノー・ユーロドライブが指定する保険会社に送ったけど、なんの連絡もない。
こちらから電話して確かめると、昨日の担当者の話しとは違っていて、なんの連絡もないのでいいのだそうだ。
このままルノーの修理工場に行ってタイヤを交換してもらえという。

お昼ご飯を食べてからミラノ郊外にあるルノーの修理工場にいったけど、最初は
「なにしにきたの?今昼休みだよ。それにフランスの保険会社なんて、ウチは関係ないから」と、さっさと行ってしまう。
むかつきながらも、会社が開くのを待っていたら、所長がやってきて事情を説明すると納得してくれた。
「分かりました。それではタイヤ交換ですね。そうですね、今から2時間待ってください」と言う。2時間だよ、2時間!!
しかたがないからその近くのスーパーマーケットまで日本で待っている子供たちへのお土産を買いに行った。お土産といってもチーズとサラミばっかりだけど。
そして明日からの長距離ドライブに備えてガソリンを入れていたら、いきなりサイクリストが立ち止まって
「アムステル・ゴールド・レースは誰が勝つと思う?」と聞いてくる。
まったく見覚えのない人だ。
適当に「ディルーカかなあ」と言ったら
「レベッリンに決まりだよ」と言う。
とにかくなんで僕が自転車関係というのが分かったのか不思議でならないのだけど、もしかしてこの俺って有名なの?と一瞬思ったら、むこうが
「君の写真ってベッティーニという名前で出ているの?」と言う。
ベッティーニはガゼッタの契約カメラマンで、僕の友人だけど商売敵。
なんだよこのおっさん、俺の名前を知らないで聞いてきたのかと、いっきにやる気を無くして再びルノーに向かう。

で、タイヤ交換の作業が始まったのだけど、例のスペアタイヤの戻し方がもう超複雑。
ひどい話しなんだけど、ルノーのプロのメカニックが二人がかりで30分かかっても元のところに戻せないのだ。
普通のクルマだったら1分で済むところなのに!
で、こっちもとうとう待ちきれなくなって、
「もう車内の中に放り込んでおいて」と言ってしまった。今、スペアタイヤがクルマの後部座席に転がっている。

ミラノでの貴重な一日がこうして台無しになった。
あの犯人が憎くて憎くて。
それからみなさん、ルノー・クリオは良いクルマなんだけど、買ってはいけません。パンクしたら大変なことになりますから。ウソだと思ったら、スペアタイアを外し、それをまた元に戻してみてください。
きっとお手上げです。
パンク強盗にタイヤを裂かれた
今日はコルナーゴ社からミラノ〜サンレモのゴール写真(もちろんフレイレが優勝したもの)を新しくできたゴージャスな博物館に展示したいから大きくパネルにしてという依頼があり、会社に行ってきた。
そのあと、日本に帰る航空券をミラノまで取りに行ったら、2台のバイクが来て、一人が「クルマがパンクしている」とジェスチャーで示す。
これが有名なパンク強盗で、もしドアを開けて様子を見に行ったら、相棒がクルマの中のものを盗むというわけだ。
実際、サイフを置いて運転していたから、それが見えたのだろう。もちろんパンクさせたのも彼らだ。
その手口をよく知っているから相手にしないで追い払ったけど、タイヤのサイドを切られている。ここをやられると修理は不可能だ。
犯人の一人は確実に移民だった。
明後日からベルギー、そのあとパリに行くので、また厄介な問題が発生した。
自宅到着
パリ〜ルーベは砂地獄で、顔は真っ黒。ホテルに入るとき、
「どうされたんですか?」と訊かれて
「パリ〜ルーベです」と言うとすぐに通じるから都合がいい。
とにかく身体よりもカメラが心配だったけど、無事動いてくれた。
レースが終わって1000kmの道を10時間かけてミラノまで帰ってきた。
本当はもっと速く走ることができるのだけど、スイスでのスピード違反が怖くて法定速度を守ったから遅くなった。
今日は自宅で写真の送付と原稿書きと掃除と、それから買い出しをやった。
夕方から残っていたジロのホテルの予約を終え、これでとりあえずジロもツールも全部予約した。
明後日はオートバイの運転手の家で夕食をご馳走になるけど、ジロの下着類を持っていって、オーガナイザーの一人のクルマに積んでもらうことに。
ジロの下着が14日分(14日後に家のそばを通るのでいったん戻る)、今度のクラシックで9泊、合計23日分の下着がいるのだけど、そこまで持っていないから、クラシックでは洗濯することになりそう。
明日はパリ〜ルーベ
今日はここトゥルコアンからコンピエーニュに電車で移動して大会の受付やカメラマン会議に出た後、現地にお住まいの日本の方の家に遊びに行く。
毎年良くしていただいていて、去年のツールのときも行って楽しいときを過ごした。
もう何十年もお住まいなのに、パリ〜ルーベのスタートをなんと一度も見たことがないというのだ!
モンツァにいる僕がクルマのレースをサーキットで見たことがないのと同じことかなあ。

その方によると、レースのある日曜日も天気が良いという。
トゥルコアンだって、町中はすでに半袖の人もいる。
となれば、砂埃だらけのパリ〜ルーベになることはもう確実。
何年か前のジェイスポーツのカレンダーの表紙のような状況ですよ。
僕が思うに、雨よりも埃の方がカメラに悪いと思う。
乾いたパリ〜ルーベのあとは、決まって操作ダイヤルがゴリゴリするし、ディスプレイにも砂埃が何度も入った。
最近のキャノンのカメラは、水でおかしくなったことないのだけど、埃にはまだ改良の余地があると思う。
とにかく、人間にとってもカメラにとってもパリ〜ルーベは過酷です。
ケンメル論争
ケンメル論争
昨日、夕食を食べに行くのにたまにクルマに乗ろうとしたら、駐車違反の紙が貼られていた。
去年までそこは駐車違反じゃなかったのに、今年から火事になったときに消防車が通れないという理由で駐車禁止になったらしいのだ。
でも他にも停まっているクルマはたくさんあったし、消防車が通れるくらいのスペースは十分なので大丈夫と考えていた。
イタリアではこれまで駐車違反は何度もあるけど、フランスでは初めて。

ところでヘント〜ウェヴェルヘムのケンメルの下りでの落車事故。
昨日、写真がないかという問い合わせがレキップからあったけど、僕がいったときにはすでに救急隊員が駆けつけていたくらいで、数名の選手が横たわっているところしか撮っていない。
今日のガゼッタを見たら、著名人のコメントが載っていた。
チポッリーニ「コースが悪いわけじゃない。選手の責任」
モゼール「出走人数を減らせばいい」
フォンドリエスト「出走人数は関係ない。前にいられる人数は同じだから。経験のない選手が多い。それから機材の選択ミスもある」
バルトリ「機材は関係ない。選手の質の低下」
などなど。どれもが原因を求めているけど、僕に言わせれば落車に原因なんてほとんどない。起きるときは起きるし、起きないときは起きない。
いずれにしても、69回も続いてきたレースで、しかもシンボルとなっている所をコースから除外する、しないの議論なんてナンセンス。現実、除外は無理ですよ。危険を言うなら、パリ〜ルーベは最初からやっていけないことになる。
優勝したブルクハルトは
「あそこを除外するんだったら、ミラノ〜サンレモのポッジオも除外しなくちゃいけない」と言う。

その通りで、ポッジオの下りも実は危険なところ。今年モレッタが自爆して大腿骨を折りましたよね。
ビチスポルトのオートバイなんか1990年のブーニョの優勝時、クルマに接触されて土手下に放り出された。
目撃者はただ一人。誰だと思います?ブーニョですよ。
クルマの色だけは分かったけど、だけど犯人特定までには至らなかった。
北フランスから
これでフランドルとヘントが終わった。
もうレースの取材と写真の整理と発送、それから5月10日に発売になるチクリッシモ第4号の準備でクタクタの毎日である。
一昨日からホテルのLAN回線がダウンして、パニックになりそうだった。
幸い、昨日から復活して何とか凌ぐことができた。

今度の土曜日にパリに移動し、日曜日のパリ〜ルーベを取材。
それが終わったら今宿泊しているルーベの近くのトゥルコアンという町にもう一泊して月曜日に帰る。
家に帰ったら、今度はジロのホテルの予約も待っている。もう8割は終えているのだけど、たとえばサルデーニャからサレルノまでの船の移動などは、まだオーガナイザーですらちゃんと分かっていない。自分たちのポストは確保しているのに、オートバイに乗るカメラマンの分は確保していないというのだ。

日本は桜も終わり、平和なんでしょうね。僕は、ミラノ〜サンレモが来たら春だと思うように、レースのスケジュールでしか季節を感じられなくなっています。
北のクラシックでベルギーとフランスに行きます
日曜日にツール・デ・フランドルがあるので、明日の朝4時前にミラノをクルマで出てベルギーのブルージュに向かう。
なんでこんなに早い時間に出るかというと、イースター休暇で渋滞が予想されるから。
それに以前スイスでトンネル事故があったため、今トンネルの前に信号ができて(高速道路ですよ!)交通規制をやっており、そこでいつも渋滞があるからだ。

気をつけなければいけないのは、スイスでのスピード違反。
なにしろフランドルに行くのに、2年連続スピード違反をやっているのだ。奇しくもトム・ボーネンの記録と並んだ。
ミラノ〜サンレモで3年連続駐車違反をやり、もうちょっとでツァベルに並ぶところだったよ。
今はオートバイの運転手の家にクルマを停めることにしたので、その心配はなくなった。
とにかくスイスを走るときは、制限速度を1キロたりとも超えてはならんと、心に誓っている。

それから今日のBS-iの「銀輪の風」のエンディングで、僕の写真が毎回使われます。
1回ごとにテーマを変えて、複数枚の写真が見られますが、今後こんなテーマの写真が見たいというのがあったら、僕にまたは番組( http://www.ginrin.tv )にメールで連絡してください。
たしか数ヶ月間続くのですが、評判が良ければさらに続くということなので、僕もこれにはかなり力が入っています。
なので、ぜひ感想をお聞かせください。メールお待ちしています。
パヴェの上で
パヴェの上で
今、イタリアのウチの周辺が、めちゃくちゃかっこよくなっている。
町が金を出して家の壁を高級保養地みたいにパステルカラーに塗り替え、各家の前にはバルコニーを付けて花を並べられるようにし、さらにアスファルトから石畳にもなる。
イタリアは町の景観作りに熱心だ。
イタリアには大きな看板がないのだけど、あれは法律で厳しく管理していて、景観を美しくしようとしているのだ。
日本に戻ってあの看板だらけの町並みを見るにつけ、それがいいという外人もいるらしいが、僕はもう取り返しのつかない事態になっているとあきらめている。
そもそも、九州に行こうが北海道に行こうが、国道を走るとすぐに分かるけど、同じような看板が立っているだけで、土地の風情なんてちっともない。

ところがイタリアのウチの前の工事、そのスピードたるや日本の十倍はかかっている。
良いものを作ってくれるのはいいのだけど、働いている連中もラジオをボリュームいっぱいかけ、冗談を言いながら楽しくやっている?
これが実にイタリアチックな風景。
そしてそのラジオからドッキリカメラみたいないたずらの放送が流れてきて、もう部屋で仕事しながら笑い転げていた。

昨日、自転車で出来立ての石畳の上を走ったら、パリ〜ルーベを思い出した。
「石畳、今年のルーベも地獄かな」と、おもわず一句読んじゃいました。
もうそんな季節なんですね。

(写真はパリ〜ルーベの名所、アランベールの石畳)
トラック世界選終了
怒濤のトラック世界選が終わり、月曜日の夜遅くにミラノに着いた。
そりゃジロやツールも忙しいけど、それは移動があるからの話。
トラックは移動がないけど、男女の種目が多いから、写真の整理が追いつかないのだ。
就寝は毎日1時過ぎだった。

ミラノに着いたらさっそくガゼッタの記者からケータイに留守電が入っていて、
「写真がうまく開けない」と、あきらかにパニックになっている声が入っている。
「いきなりかよ…」と思って電話したら解決済みで、翌日の新聞にちゃんと載っていた。
またエージェントから
「女子のポイントの2位になったデンマークの選手を撮っていないのか」と電話があった。
どうせどっかの3流雑誌だと思って
「おれのウエブを見て、ないならないよ」と言ったら、
「おい、クライアントはレキップだぜ。2位の選手も撮っていない?おめぇはボンクラだぜ、ホントに」とお上品な言葉が…。
レキップ系列は支払いが悪くなく、たとえばヴェロマガジンなどは日本の自転車月刊誌が写真に対して支払う金額の5倍近はある(というか、日本が世界に例がないほど激安。だから脚が遠のいています)。
で、「世の中、金やで〜」と思って撮った写真を探したらかろうじて写っているものがあったので送った。掲載されたかどうかは知らない。

今度の土曜日から北のクラシックが始まるので、またベルギーや北フランスに8日間滞在する。
いったん数日間ミラノに戻り、後半戦からまた9日間滞在する。
レースはどれもすばらしいのだけど、取材は辛いし、下手すりゃ命も落とし兼ねないので(ビチスポルトのカメラマンがオートバイ事故で数年前に死にかけたけど、そのオートバイが僕のすぐ横を飛んでいった。あれに当っていれば命があったかどうか…)、実を言うと北のクラシックの取材はあまり好きではない。
ミラノは天気がすっきりせず、肌寒い。どうせベルギーは天気が悪いのだから、イタリアにいるときくらいは陽光を見たいものだ。
トラック世界選会場から
トラック世界選会場から
世界選手権は午前に予選などがあり、そして昼休みを挟んで夜遅くまでレースがある。
ということは、朝早くから深夜までずっと働き続けることになる。
一昨日なんて、昼も夜もまともに食べられなかったほど。
今、プレスルームの机の目の前にはジャッキー・デュランがフランスのテレビの仕事でいるのだけど、昨日地元のテレビが来てインタビューを受けているのを聞いたら、
「ええ、朝から夜までずっと仕事です。休めるのは昼ご飯のわずか1,2時間だけですね」とのたまう。
1,2時間も昼ご飯で休んでいられるのなら幸せだぜい。

スペインのマジョルカ島という、ヨーロッパでも遠いところにあるところなのに、思いがけない顔が見られる。
近所の自転車クラブの会長で、僕もずっとお世話になってきた人が、イタリア車連のトラック部門の偉い人になって来ているのに驚いた。
それからバッソといっしょに東京に来た弁護士と会ってびっくり。彼は自転車のファンとしてもかなりのもので(サイクリストとしても。だってバッソと練習をなんどかしたというのだから)、今年はシモーニなんかが出たアルゼンチンのサン・ルイスというレースも選手といっしょに招待されて行ってきたという。
来年僕も招待してくれるようにお願いしてよと聞いたら「おお、まかせておけ」と言っていたけど、後になって気がついたらオーストラリアのダウンアンダーと重なっているんだな、これが。
そのオーストラリアは女子の500mTTで世界新記録を出した。
世界記録が出た場面に僕は何度も立ち会っているが、あの大歓声の中ではいつも背中がぞくぞくするような興奮がある。
昨日のリァネラスのポイントレースもすごかった。地元であのぶっちぎりの優勝。本人も泣いていた。
それからワン・カンポーの優勝。同じアジアの人間として、すごくうれしかった。

トラックレースは面白い。
みなさんもトラックの世界選を見たら、感動するのは間違いありません。保証します。
来年のマンチェスターの大会は、数年前と同じように4日間から5日間に戻される。仕事する方としてもこっちが断然良い。
それにあそこは観客が盛り上がるから、来年ぜひ来てみてください。

(写真はポイントレースで優勝したリャネラスが、ヘントの6日間レースで事故死したガルベスの兄弟に駆け寄ったところ)