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都内から
都内から
今回のジロの取材はなんのトラブルもなく無事終了。そして昨夜、 無事に成田に到着して、今は都内のホテルにいます。
6月下旬からツールに行くし、ジロの原稿書きなども山積み。だけど、とりあえず家でゆっくりしたいと思っています。
ダムおよびパソコンの事故
ダムおよびパソコンの事故
まさに怒濤のドロミテという感じで、移動と仕事でなにも考えられない状態。あと2日の辛抱だ。でもそれが終わると、今度は日本への移動やら、雑誌の原稿書きやら、ツールの準備やらでこれまた忙しくなる。

ところで、昨日の110ガゼッタ(今年から新設されたスプリント地点)があったロンガローネは、今から43年前に大惨事があったところだと聞かされている。
ダムの中に崩壊した山の土砂が入り、水が溢れて付近の村を一気に飲み込んでしまい、1500人近くの死亡者が出たというところだ。 
昨日そこを通るとき、おまわりさんに確かめたら「ええ、私の祖母もその事故で亡くなりました」と言う。
そのダムはもう使われていないけど、現存していて道から見える。

ところで、今回のジロではプレスルームに無線LANがあって、全期間でたしか130ユーロほどで使用できる。
だけど、山の5ステージは普通の電話回線だ。
昨日もそうだったので、写真を5枚送ってすぐに退散してきた。
今朝、同じホテルに泊まっているアメリカのジャーナリストに聞いたら、僕が出たあと電気関係の故障が起きて1時間ほど停電。しかも、マックを使っている人全員の電源アダプターが一瞬にして壊れてしまったらしい。
電源アダプターはかなり壊れやすい部品で、僕もこれまでレース期間中だけで3個ほど壊している。日本ならすぐに手に入るけど、ヨーロッパで壊れると、かなりの労力と時間を費やすことになる。
混乱の1日でした
昨日のステージは雪でコース変更となり、ちょっとがっかりだった。
だけど、今日の第18ステージは予想以上に厳しく、とりわけ中間にあった上りなんて、もうモルティローロ並。
あまりの傾斜でチームのクルマが動かなくなり、僕の乗っていたオートバイも止まったところでバランスを崩して倒れてしまって、観客に起こしてもらった。

サウニエル・ドゥバルのアルジェーリ監督が、「おい、後ろのバイク死んだよ」というから、振り返ってみると、AFPのオートバイがもうもうと煙を出している。
AFPのBWMは燃料ポンプの故障で昨日まで3日間レースから離れていたが、今日は半クラッチの使い過ぎで、動かなくなった(ゴールには間に合った)。
僕の運転手によると、AFPが使っている2気筒のBMWは低速で急坂を上れないから、自転車レースじゃ使えないそうだ。
とにかく、はちゃめちゃなステージだった。

そうそう、ブレーシアのホテルでイタリアのカメラマンが目を離した隙にカメラを全部盗まれたけど、人からカメラを借りて続けている。
そういえば、春先にオランダのカメラマンの家に泥棒が入り、わずか30分ほどの間にすべてのカメラとパソコンが盗まれ、被害総額は数百万円に及んだという。

さて、写真を送り終えてホテルに戻ったのは夜9時。
見ただけで教養がないと分かるジロのキャラバン隊の10人ほどがレストランで騒いでいて、ますます疲れた。
公共性のなさと言う点では、ヨーロッパでもイタリア人はダントツ。
イタリアというと、なにかといいイメージを持っている人が多いけど、お馬鹿な連中はとことんひどいから気をつけてください。
一方、スペインでは自転車界のドンだったサイス監督が先頭に立ってドーピング推進運動をやっていたことが発覚し、大騒ぎになっている。
昨日、スペイン選手といっしょに泊まっていたカメラマンに聞いたところ、どの選手もインターネットにかぶり付きで、食い入るように見ていたという。
コース間違えた
今日は家のすぐそばをレースが通過したので、2時頃まで仕事し、それから“出勤”した。僕のいるあたりは自転車競技が盛んなので、沿道の人でもすごく多い。
だけど、コルナーゴを通過するものだと思い込んでいて、カンビアーゴに向かっていったが、何だか様子がおかしい。
あらためて地図を見て見ると、最終日に通過だった。

明日から超本格的な山岳だ。とにかく晴れますように。
いったん帰宅
昨日、レースが終わって家まで帰ってきた。
今日は家のすぐそばをレースが通るので、そこから合流予定だ。
スタートしてすぐにバッソの故郷の割と近くを通るから、家族や親戚のところで立ち止まるのかが気になっていたのだけど、昨日本人に聞いたら、やらないというので、“安心して”スタートには行かないことにしたのだ。

今回のジロは、チクリッシモという新しい雑誌に掲載されます。八重洲出版から7月1日に発売予定ですので、楽しみにしていてください。
ストロボ落ちました
ストロボ落ちました
今日はレース中に突然チポッリーニが自転車に乗って現れた。そこにいたカメラマンは自分だけで、いろいろしゃべったり、注文をつけながら写真を撮っていた。審判までいっしょに写真を撮ってくれと言ったり…。
マリオと話しているちょうどそのとき、なんと僕のストロボが突然落下。自分も彼も一瞬ぼう然となってしまった。
バイクを止めて観客が拾ってくれたストロボを受け取ると、案の定、ぼろぼろで使用不可能だった。
マリオの登場と前代未聞のストロボ自然落下、これはなにか霊的な現象だろうか…なんちゃって。
たぶん、使い込んだものだったのでプラスチックが老化していたのだと思う。
ポンテデーラから
昨日のペスキチのステージは、何年か前にも通ったことのあるコースだったので、風景絡みの写真を撮るポイントが最初から頭に入っていた。
最後にメルクスがアタックしたとき、以前のジロで彼が優勝したことを思い出した。ちょうどお父さんが見に来ていたプラトのステージで、本人はゴールして泣いていた。
今日も優勝して泣くのかなと思っていたら、ゴール寸前で捕まってペッリツォッティが優勝した。

レース終了後に再びオートバイでスタートに戻って宿泊。そして今日は移動日なので、ユーロスターという特急列車でポンテデーラにやってきた。6時間の旅で、電車の中でも仕事をしたかったので、一等車に乗車。コーヒーや新聞がただでもらえるし、パソコンの電源もあるしで実に快適。飛行機といっしょなのだ。
ただ駅に入ったとき、「XXからの電車は170分遅れ…」なんてアナウンスが流れていて、この辺は昔も今もあまり変わっていない。
それから、切符売り場の開く時間が6時6分からとなっている。
「この6分はなんなの?」とバイクの運転手に聞いたら、
「駅員が着いてから着替える時間だよ」と教えてくれた。
こうした日本からは考えられない習慣にもかかわらず、ユーロ圏が順調に経済成長を遂げているというから不思議である。
ペスカーラから
ペスカーラから
寝るときと食事のとき以外は全部仕事なのはいつものこと。先日も同業者から海でのパーティーに誘われたけど、ホテルに着いたのは9時で、そこから出かける気にもなれず、やっぱりホテルで食事をして、そのあと仕事…。
まあ、サブで使っているカメラの調子が悪いくらいで、取材は順調だ。
カメラの不調は前からなんだけど、日本に帰国したときに修理に出すには時間がなかった。
だけど、これはもしかして、そろそろ買い替えろということかもしれない。
デジタルカメラは買い替えのサイクルが銀塩の数倍早く、しかも昔のものは使い回しがきかないので大変だ。

昨日のレースでバッソが勝った。もちろんジロはまだまだ長いし、この先何が起きるか分からない。
だけど、バッソがやっぱり優勝候補の筆頭だし、それに調子がいいのが分かった。

昨日のレースでおかしかったのは、ベッティーニのパンツに蜂が入ったこと。叫びながら止まってパンツから追い出した。
そのあと、チームのクルマについて集団に戻ろうとしたら、バイクに乗る審判から注意されてブチキレ。監督のパルサーニもいっしょになって抗議した。
たしかに規則書ではクルマのうしろについていけないのだけれど、パンクや落車、機材の故障、それからこうした事故のときには、ついていいというのが暗黙の了解になっている。
こういう“ロードレースの文化”を日本にも定着させるには、日本のレースでクルマを走らさなければならない。
これは僕が日本の関係者にいちばんいいたいことだ。
フォルリから
フォルリから
はっきりいって、雨のベルギーはクラシックの取材みたいだった。
イタリアに来たらいい天気でやっぱりジロはこうでなくちゃ!って感じ。
今日からバイクでの取材。
沿道は大勢の観客で、これまたやっぱりジロ。
レストランもうまいし。
でも今日は、仕事のあとに同業カメラマンがやっている海水浴場でパーティーがある。
まあ、つきあいもあって出動です。
シャルルロワから
シャルルロワから
パリまでの飛行機は空いていたし、JALのパリ線は飛行機が新しいので快適だった。
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュが終わって、空港に停めていたクルマをピックアップして、再びリエージュまで行く。
この日、カメラマン会議があったが間に合わないので、出席しなかった。
翌日の午後からさっそくタイムトライアル。
ベルギーでの4ステージはクルマで随行するけど、普段はオートバイなので、クルマを使うのは久しぶりだ。
6kmあまりのコースは全部柵がしてあって、クルマで行くとまったく停められない。
だけど今日の第2ステージは朝からどしゃぶりで、こういう日はオートバイじゃなくてラッキーだ。
エヴァンスのこと
エヴァンスのこと
明後日出国してジロに向かうのだけど、前は家族がイタリアに来ていたので、この時期に帰国することはなく、トレンティーノやロマンディーといったジロの前哨戦に行っていたものだ。
リエージュのときに、
「今度ウチに取材においでよ」と言ってくれたエヴァンスが、そのロマンディーで逆転優勝したのには驚いた。
去年のツールで8位になっていることからも分かるように、今、成熟期を迎えようとしている。

エヴァンスというと、思い出すのは2002年のジロだ。
オーストラリア選手としては史上初めてマリア・ローザを着たのだけど、うれしさ余ってオーストラリアのライド誌の編集長の家に深夜電話をかけてきたそうだ。
言っておくけど、マリア・ローザを着るというのは大変な名誉。みんなこれをハンガーにつるして頭の上にかけて寝たり、あるいはこれを着たまま寝たりするくらいだ。
だけど、次の日の山岳で大ブレーキを起こして脱落。ゴールで同じくマペイのMTB出身のチョーニが、僕らカメラマンを遮るように、うなだれるエヴァンスに服を羽織らせてやったシーンが今でも忘れられない。

あれから4年が経過。2003年には年間3度の鎖骨骨折をやったりしているけど、順調に成長している。
僕としてはツールよりもジロに出て欲しいのだけど。
とにかく言葉に甘えて、いつか自宅に行ってみようと思っている。
スイスからまたスピード違反の通知
帰国して、富山の自宅に戻るとスイスから郵便が届いていた。
「ロマンディーか、ツール・ド・スイスの案内かな」と思って開封してみると、スピード違反の通知だった。
しかも、ツール・デ・フランドルに向かう途中というのは、昨年と同じである。ヨーロッパでクルマを運転し出してから3度目のスピード違反だったけど、すべてスイスだ。
日本でゴールド免許、安全運転のこの私が、である。
そういえば、たしかトンネルの中で光ったのを思い出した。
23キロオーバーで、260スイスフラン。
今日、郵便局から国際送金をしてきたけど、4月に送金料が一気に倍以上になって2,500円。合計、26,570円の出費となった。

床屋に行ったら、
「娘が今度イタリアかスイスに新婚旅行に行くと言っているんだけど、どっちがいいですかね?」という相談を受けた。
イタリアを推薦したのは言うまでもない。