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もうすぐ移動人生が再開
1月から2月にかけてのレース取材の移動がだいたい固まってきた。
1月中旬にロサンゼルスでトラック・ワールドカップ・第3戦があるのだけど、この直後からツール・ダウン・アンダーが始まる。
当初は2009年からプロツール入りの予定だったのが、グランツール連合のプロツール脱退で、1年繰り上がって次回からとなる。
僕の好きなレースなので、一時はロサンゼルスからアデレードまで直行することを決断したけど、あまりにスケジュールがタイトなので(なにしろトラックの最終日の最終種目が終わるかいなやタクシーで空港に直行、アデレードについたら第1ステージの食料補給地点に直行してオートバイに搭乗…なんてやっぱりリスキー)、涙をのんで招待をお断りした。
だけど、ロサンゼルスから戻るとツアー・オブ・カタールがすぐに始まる。
昨年はフォーシーズンズ、今年はリッツカールトンと、ゴージャスなホテルがあてがわれた。洗濯物を出すと無料で洗ってくれるレースなんで、世界でもここだけだろう。
で、帰国するとすぐにツール・ド・ランカウイが始まる。日本選手が毎回活躍するし、ときには世界の一流選手も出るから行くことにしたけど、途中で離れてシンガポールからコペンハーゲンに飛んでトラック・ワールドカップ・第4戦を取材する。

いずれにせよ家にはほとんど帰れず、まだ1月というのにシーズン真っ盛りの状態となんら変わらないことに。
しかし、自分のスケジュールを見てみると、1日余分にとって観光するなどという余裕はまるでない。
レース現場に入るのはぎりぎりの前日、そして終わるとすぐに出発。
このあたりは選手たちといっしょだ。
家に戻るフライトがレース終了日の翌日の夜だったりすると、ホテルで一人いるあの空虚感は辛いものがある。
家のことばかり
イタリア人の場合、お金が入るとまずは家のことを考えるのではないか。
回りを見ていると、だいたいそんな感じだ。
ペタッキは何年か前に小さな家を買ったけど、屈指の高給取りになって新たに家を買い直したくらいだ。
このペタッキをはじめ、これまで何人もの有名自転車選手の家に行ったけど、何億円かの収入を何年間にも渡って稼いでいるとうのがほとんど。
まあ、イタリアの家は、たとえ外部が古くても内部はピカピカというのが多い。まして有名選手の家というと豪邸でしかも清潔。

こんな状況に触発されて…というわけではないけど、2007年の後半から家のことばかりやっている。
今日もずっと掃除、そして新しく入れるテレビを見に行ってきた。
パイオニアのプラズマテレビKUROが欲しくなった。
シーズンオフは物欲が高まってしまいます。
ジェイスポーツの朝までツール・ド・フランス終了
ジェイスポーツの朝までツール・ド・フランス終了
ミラノでの撮影を終えて帰国。都内のホテルで宿泊した後、六本木ヒルズで行われたジェイスポーツの「朝までツール・ド・フランス」に参加。徹夜でのイベントですが、時差ボケが幸いしてか、眠気はありませんでした。
終了後は朝一番の飛行機で自宅に戻りました。
これから1月中旬までは日本にいまして、1年に1度の大イベントであるお正月に向けて、私生活を充実せねばと思う所存であります。
仕事場には郵便が山積みで、まずはこれに目を通さなければなりません。

(写真は「朝までツール・ド・フランス」に来日したジャンマリー・ルブランと)
ミサ
ミサ
朝起きると、家の周りが真っ白。雪が降ったのだ。
今日はコルナーゴで毎年恒例のミサが行われた。
自転車界の重鎮も数多く集まる。
我が友、ブーニョとバッソも来た。数ヶ月ぶりの再会だった。
(写真左はブーニョ、右がバッソ)
コルナーゴから
コルナーゴから
ずっとコルナーゴでいろんな撮影しています。
昨日はジロのボスであるゾメニャーン、今日はサロンニの写真も撮りました。
ミラノは毎日いい天気です。
明日はコルナーゴの中で毎年恒例のミサが行われます。
自転車界の重鎮が集まります。
東京から
北京から帰ってきた。朝はなんと雪が降った。
北京はすごく寒いけど雪は珍しいらしい。
昨夜は田町で日本スポーツプレス協会のボーリング大会兼忘年会が開かれた。
何年ぶりかのボーリングを楽しんだ。スコアーは99と130という情けないものだったけど。
また久しぶりに会う同業の人たちと短い時間だったけど情報交換もできた。

今日から1週間、ミラノで撮影がある。今日の午後の便で雑誌やメーカーの人といっしょに出国する。
そして来月の半ばからはまた1ヶ月間レースの取材があるのだけど、飛行機の予約が取れない状態で、ちょっと慌てている。

11月は日本にいたけど、イタリアの家の壁の塗り替えをカーテンの付け替えをやってもらった。
もう終わっていると電話で確認もした。
イタリアの家の壁は数年に一度塗り替えるのが普通なのだけど、僕は15年間もさぼっていた。
カルチャーショック
カルチャーショック
今回の表彰台に立つポディウムガールの美しさにはびっくりしましたよ。
五輪も今と同じ人たちが務めるらしい。
しかも中国全土から選りすぐりの美女を集めてきたのかと思っていたら、五輪期間中はどの競技にもポディウムガールがいるから、全体から見ればほんの一部だという。
ガイドさんは、メインスタジアムの女性こそ最高のはずだとのたまう。
日本女性がとっくに失ってしまった素の美しさが輝いている。
選手やスタッフも写真撮りまくりでした。

ところが…。
競技場の便所に入って小便をしていたら、後ろの方からぶりぶりというウンチをする音が聞こえる。
強烈な異臭もする。
僕は用をたしてから後ろを振り向くと、信じられない光景が。
便座にまたがりながら新聞を読んでいる人が、外光欲しさに扉を開け放ってやっているではないか。
便所に仕切りがないのは珍しくないと噂には聞いていた。
しかし、扉があるにもかかわらず、開けっ放しでぶりぶりクソするその光景はかなりショッキングだった。
いやあ、中国はパワフルです。
北京満喫
北京満喫
咳がとまらないけど、北京を楽しんでます。
風が強くてめちゃくちゃ寒いけど(体感温度は零下10度くらい)、行くところすべてが珍しく、今や道に「かーっ」と痰を吐く音がエスプレッソマシンの音に聞こえます。
中国はやっぱり料理がおいしい!
なにを食べてもうまい。
西の横綱がイタリアなら、東は中国ですね。
おっと、あんな野蛮な見せ物の用語は使わないようにしようと決めていたのにまた使ってしまった。
(リンチで人を殺しても警察沙汰にならないのと、ドーピングで警察に連れていかれるのと、いったいどっちがどうなのかよく分かりません)
それから昨日は万里の長城に行ってきました。その大きさは圧倒的!
今日は天安門広場にも行ってきました。
共に北京五輪のロードレースのコースに関係があるらしいです。

写真は夕暮れの中の万里の長城
北京到着
昨日は成田のホリデイインに泊まったけど、今日は北京のホリデイインにいる。
初めての中国だけど、今いっしょにいる日本のテレビのスタッフには現地コーディネイターがついているので心強い。

最初、部屋のインターネットのメールサーバーへの接続が不調だったけど、今は快調。
実はシドニーでパソコンをいじっているときに大間違いをして、先日入れたばかりのレパードがおかしくなったけど、成田のホテルにインストールDVDを送ってもらって修理したら一発で治った。
治らないのは今ひいている風邪。
この北京の取材のあとにはミラノでの撮影があるので、北京で風邪を治すのも今回の目標。
シドニーから、その3
シドニーから、その3
今回のワールドカップは、通常の国対抗に加えて、トレードチームが加わっているという変則的な大会なので、参加人数が多い。
だから競技時間が長く、朝から夜まで仕事だ。ホテルに戻ってシャワーを浴びると12時を回っているし、今日は6時起きだった。
2日目の昨日は、余興の時間にエヴァンスがやってきた。
世界でいちばんきれいな自転車雑誌はオーストラリアのライドだと思うのだけど、最新号の表紙はツールでのタイムトライアルで撮った彼の写真だ。
雨の中で何時間も立って撮ったもので、こういうふうに使われると満足感がある。
そのことなどについて話をしたのだけど、今年はツール・ダウン・アンダーを走らず、スペインのルタ・デル・ソルが初戦になるという。
ダウン・アンダーをなぜ走らないのか訳を聞いたら
「ツールで表彰台に上る選手のレースじゃないから」だって。
つまり、初戦にしては時期が早過ぎるということなんだけど、「狙ってまんな」という感じだ。
シドニーから、その2
シドニーから、その2
昨日の男子ポイントレースにはロードの強い選手も出ていて、みんな北京オリンピックに出たいんだなあと実感。
今日の大会開始前に、その中の一人で2004年のパリ〜ルーベで優勝したバクステットと話をした。
彼は来季スリップストリームで走るのだけど、チームの陣容を聞いたらけっこう豪華。
今年までディスカバリーで走っていたオーストラリアのマシュー・ホワイトが監督の一人となるそうだ。
スリップストリームというのは会社じゃなくて、なんと個人のお金らしく、オーナーは世界有数の金持ちだそうだ。
バジェットも今のプロツールチーム並で、数年後にはプロツール入りを目指しているという。
ただし、バクステットは
「もしプロツールがまだあればの話だけど」と言う。

アルゼンチンチームの監督をやっているロンバルディはバッソの代理人をやっているので、今回そのバッソのことで話をしたのだけど(なんとバッソの弁護士もこの大会にバカンスで来ている)、今シーズン末での復帰はないという。出場停止処分が解けるのはロンバルディーアのあとで、ジャパンカップには間に合うのだけど、それはあり得ないとのことだ。
ただし、それもプロツールがどうなっていくかにかかっているという。
UCIとグランツールのごたごたで、プロツール制度ご臨終の可能性も出てきたわけだ。

(写真はポイントレースを走るバクステット。気管支炎でまったくの不調だったと本人の弁)