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ザイFX!
投資&お金の総合サイト「ザイFX!」で先日宇都宮で開催されたジャパンカップのことが掲載されています。

街全体が競技場! 熱狂の都市型自転車ロードレースでサクソバンクが優勝!
http://zai.diamond.jp/articles/-/137713

臨場感が溢れてます。
サイクルモードでのスケジュール
11月2日から4日まで、幕張メッセで開催されますサイクルモードでの私のスケジュールです。
また会場で皆様とお会いできることを楽しみにしております。

11月2日(金)
[14:30〜15:00]
会場メインステージ
砂田弓弦トークショー  祝! 2013年 ツール100回記念大会
ゲスト 今中大介さん

[15:30〜16:00]
コルナゴブース
エルネスト・コルナゴさん、新城幸也さんと

[17:00〜17:30]
コルナゴブース
エルネスト・コルナゴさん、新城幸也さんと


11月3日(土)
[11:00〜11:30]
コルナゴブース
エルネスト・コルナゴさん、新城幸也さんと

[13:00〜13:30]
コルナゴブース
エルネスト・コルナゴさん、新城幸也さんと

[14:00〜14:30]
八重洲出版ブース

[16:30〜17:00]
J スポーツブース
Sachaさんと


11月4日(日)
[10:30〜11:00]
コルナゴブース
新城幸也さん、中田真琴さんと

[12:45〜13:15]
コルナゴブース
新城幸也さん、中田真琴さんと

[13:30〜14:00]
J スポーツブース
白戸太郎さんと

[16:00〜16:30]
八重洲出版ブース
オフシーズン満喫
オフシーズン満喫
今がいちばんいい時期。
ちょっと仕事もしてるけど、精神状態はスイッチオフ。
だから、夕食後に食後酒にも手が伸びます。
今年はあと2回海外に出るけど、レースは来年1月中旬のツール・ダウンアンダーまでないのです。

フィオレンツォ・マーニ他界
フィオレンツォ・マーニ他界
昨日、2013年のツール・ド・フランスのコースが発表になったけど、飛行機での移動が2度もあるのにびっくり。ジロをも凌ぐとんでもない設定だ。
ジロのモルティローロは激坂ブームの火付け役となったが、移動ブームがツールにまで飛び火するとは思わなかった。
まあ、こんな愚痴を言ってもしかたがないので、手分けしてやっているホテルの予約を淡々と進めている。

しかし昨日、ちょっと体調がすぐれないこともあって軽い気持ちで病院に行ったら、
「立派な病気ですよ」と言われた。
まあ、今のところ薬による治療だけなので、今日の夕方には自転車にも乗るし、サイクルモードでは人前でしゃべるし、そのあとの家族とのアメリカ旅行も計画通り実施の予定だ。

今の仕事をやるときにまっさきにやったことは、ちゃんとした保険に入ることだった。
幸か不幸かこの25年間で一度も使っていないし、今回もその対象にはならない。

とにかく、人間の身体はいつまでも元気なわけじゃないということを自覚した。
そういえば、数日前にファウスト・コッピ、ジーノ・バルタリと並ぶ「第三の男」と言われたフィオレンツォ・マーニが他界した。
現役時代はジロで3回優勝し、ツール・デ・フランドルでは3連勝した国民的スターだ。
ジロで鎖骨を折りながらも、上半身を起こしたとき痛みに襲われないように、ハンドルにくくりつけたバーテープを口でくわえてタイムトライアルを走った姿は、伝説中の伝説だ。
足が痛いだの、病気になっただのと言い訳してリタイアしていく今の選手とは根本的に違っていた。
引退後は僕のいるモンツァでオペルの販売を始めて大成功し、広く尊敬されて、住んでいた町では町長も務めた。

写真はマドンナ・デル・ギザッロの前で撮影したマーニ。隣にある自転車博物館の館長も務めた。現役時代は選手やスタッフたちが敬語を使うほどで(今の自転車界で敬語が使われることはあまりない)、エルネスト・コルナーゴもその一人だった。エルネストは今月末のサイクルモードで来日し、僕も3日間通訳をやったり夕食を食べたりするけど、当時のそういう話は僕にとってかけがえのない昔話なのだ。
ちなみにエルネストが
「うちの自転車は、チクリズモの一部だ」と言ったときには、心底しびれたものである。
マーニもそういう自転車競技の歴史の一角の人で、撮影のときはちょっと緊張したのを覚えている。
2つの事件
ジャパンカップ期間中、自転車界では大変な事件が2つ起きた。
一つはご存知、アームストロングのツール・ド・フランス7勝が剥奪されたことだ。
これはもう非常に残念なことで、昨日のガゼッタも、通常後ろの方にある自転車のページを前方に持って来て、しかも4ページも割いた。幸か不幸か、自分の写真も使われていた。
ルールを破った選手に処罰が下されることに異論は全くなく、今となっては虚しい限りだが、ただ一つ疑問に思うのは、そこまで過去にさかのぼるのであれば、他の選手、他のスポーツにも同等の調査が必要なのではないだろうか?

それともう一つの事件は、ラボバンクがチームスポンサーから突然下りてしまったことだ。
現在のチームは、来年も継続だが、チーム名がどうなるのかは知らない。
今回、同チームの選手でクリテリウムを走るために来日していたボスに聞いたら、マスコミに報道される1時間前に電話がかかって来て、初めて知ったのだと言う。
ただ、デンマークのラスムッセンの事件が以前起きたとき、次に起きたら撤退ということは言われていたらしい。
そして今回のアームストロングの事件で証言したライプハイマーがラボバンク時代にドクターからEPOをもらっていたことを告白したために、こうなってしまったのだとボスは説明してくれた。
ボス自身もショックを受けていて、もしかすると、またトラックに復帰するかもしれないとも言っている。

今、僕が注目しているのは、ヨハン・ブルイネールへの処分だ。
チームの監督である彼がアームストロングの件に関わっていないとは考えにくいだろう。
本まで出して大儲けし、それが嘘っぱちだったとしたらひどい話だ。
ジャパンカップ終了
ジャパンカップ終了
昨日、ジャパンカップが終わり、今は都内にいます。
優勝したバッソ、うれしがる姿はまるでジロに優勝したときみたいです。
レース終了後、ガゼッタに写真が出るのかどうかプレッシャーをかけられていたのですが、けっこう大きく出ていたのでホッとしました。

その写真を含め、何点か送ってくれとせがまれました。
彼の書斎には、僕が撮ったアームストロングと競っている写真が飾られているのですが、今回のジャパンカップもまた飾るみたいです。
これは、ガゼッタに出たものではないのですが、とりあえずiPadのデスクトップ写真にしていました。

僕はこれからサクソバンクのパーティー、時間があればそのあとガーミンのパーティーに向かいます。
ホテルニューイタヤで
宇都宮のニューイタヤの食事、僕は好きなんです。
夕べ、リクイガスのテーブルの後ろでビールを飲みながら食べていたら、シマノの坂東さんがいらしてビールを奢られ、結局、中ジョッキを4杯。

坂東さんは、僕が初めてイタリアに行った1985年当時、すでにプロチームでメカニックをやっていらしたので、僕よりもさらに長くこの世界におられます。
その数年後に前田工業(サンツアー)の藤原さんがスイスのエルヴェティアにメカニックとして入られました(おっと、話が脱線)。

そのあと、今度は宮澤が日本酒「八海山」を差し入れてくれたおかげで、久しぶりに酔いが回りました。

今朝は8時に食堂に行き、年に数回しか食べない和朝食をセルフサービスで選択。
そこに、昨夜到着したマキュウェンが同じテーブルにやってきたものだから、納豆こそ食べたけど、生卵はご飯にかけられませんでした。
日本人が生卵を食べる姿は、彼らにとってはちょっとショッキングですからね。
CICLISSIMO NO.31
CICLISSIMO NO.31
CICLISSIMO NO.31は例号よりも2日早い10月18日(木)発売 定価1,575円です
ミシン目で切り離せる“とじ込み付録”
「2012ジャパンカップ参戦海外プロチーム+αサイン帳」付き!

 サイン帳は、選手のサイン収集用はもちろん、顔写真が掲載されているので選手の顔の判別用としても使えます。全8ページに、次の6チームの参戦選手を顔写真とコメント付きで紹介!
・ リクイガス・キャノンデール
・ ガーミン・シャープ
・ オリカ・グリーンエッジ
・ サクソバンク・ティンコフバンク
・ ジャパンナショナルチーム
・ クリテリウムスペシャルチーム

 さらに、ペテル・サガンとイヴァン・バッソの写真が両面に刷られたA2判ポスターも付いています。
ジャパンカップの会場でも、入手できます。
・ 10/19 オリオンスクエアのJ SPORTSブースで販売
・ 10/20-21 スタート&フィニッシュエリアのJ SPORTSブース
朝からサイクリングに
朝からサイクリングに
今日は見事な秋晴れ。
これにつられて、朝からサイクリングに。
乾いた空気の中で走るのは、本当に気持ちがいい!

ジャパンカップには明後日出発しますが、たった今、JRの切符が家に届きました。
日本国内を汽車に乗って移動するのは年に1、2回です。
カンパニョーロ
イタリアの名門カンパニョーロの仕事を始めてから今年でちょうど20年かな。
開始当時の担当者だったフランス人の元プロは職を転々としているが、補佐役だったイタリア人女性はずっといっしょで、今も僕と関わっている。
今年は古い写真をたくさん持って行って、同社の歴史をどこかでアピールしたらしいが、プロモーションの詳細は知らない。

毎年、今の時期は自宅に分厚いカタログが送られて来る。
しかし、今年に限ってまだ来ない。
メールを送ると
「忘れてた」の返事が。
そして
「すぐに送るけど、DHLは高いから、郵便で送ってもいいか」と...。
「イタリアの郵便局でも、クリスマスくらいには届けてくれるよねえ」と、皮肉を言って終わった。
イタリアの企業が相手だと、こういう会話が出来て楽しい。
自宅で社会復帰へのリハビリ
自宅で社会復帰へのリハビリ
フランスから
「ツール・ド・北京には行っていないのか?」と、まるで催促するような連絡もあったけど、今、自宅でゆっくりしてます。
自転車にも毎日乗っています。
レースで食っている人間にとっては、1年でいちばんいいときです。

といいながらも、仕事も同時進行でやっています。
クラシックとジロのホテルの予約は、イタリアで全部やってしまったのですが、その他にもやることはいろいろあります。

週末のジャパンカップは、久しぶりに天気がいいみたい。
写真を撮るのに助かります。

写真はエルネスト・コルナーゴから何年か前にクリスマス・プレゼントでもらったバスローブ。これ着てくつろいでいます。
チクリッシモ No.31は10月18日発売
チクリッシモ No.31は10月18日発売
自転車ロードレースマガジン CICLISSIMO(チクリッシモ) NO.31が10月18日(木)に発売されます。
今回はブエルタと世界選、秋のクラシックが入ってます。
企画物も充実してます。

そういえば、サイクルスポーツ11月号(もちろん日本ではなく、イギリスの権威ある雑誌)にブエルタで撮った写真で特集が組まれていて、自分でもびっくりしました(笑)。
ミラノの家に帰宅
今朝は4時半に起きてトゥールのホテルを出発。TGVでパリ・モンパルナス駅まで行き、そのあとバスでオルリー空港へ。
この空港に行くのは2、3年なかったが、中がちょっとした国際空港並みになっていて驚いた。
しかし、2つある有料無線LANが共にダメで、空港内の3時間は仕事ができなかった。
この辺は、フランスの良き伝統を残しておりますなあ。

まあ、そのあとは順調にミラノの家に到着。
ガゼッタを広げると、昨日の写真が使われていて、少し報われた感じ。

明日はパリ経由で日本に帰る。
またパリに行くのもおかしな話だが、仕事や雑用などを考えると、一回ミラノの家に帰って来て正解だった。

ああ、日本に帰ったら、まずはエルネスト・コルナーゴからもらったイタリアを代表する葡萄酒ブルネッロ・ディ・モンタルチーノを空け、ゆっくりしようと思う。
今日はパリ〜トゥール
今、朝の8時。小雨が降ってます。

昨日、大会受付であるチームマネージャーから
「これが今シーズン最後のレースかい?」と聞かれ、
「まだジャパンカップがあるんだ」と答えると、
「それは大変だ」という。

さらに
「来シーズンはどのレースから行くんだい?」と聞かれ、
「ツール・ダウンアンダー、そのあとカタールとオマーン。もしかするとランカウイもかなあ...」
ありがたいことに、毎年それぞれのレースに招待してもらっているけど、来年もほぼ内定している。
そうしたら彼は
「それらに全部行くのか?ひどい生活だ!」という。

同じような仕事をしているチームマネージャーだけにはこの言葉を言われなくはなかった...。
パリ〜トゥールに向けて移動中
パリ〜トゥールに向けて移動中
今朝は4時に起床。
今、リナーテ空港で8時発のパリ行きを待っています。
アリタリア&エールフランスのラウンジにいますが、パソコンで仕事ができるテーブルはなし。
ラテン系の航空会社の特徴です。
人生を楽しく生きる人たちがラウンジを設計すると、こうなるというお手本で、仕事が人生の僕は、こういうところで生きられません(笑)。
ガゼッタを開いたら、「驚き、ポッツァートがランプレへ」と出ています!

現在、午後4時。
明日のスタートから25kmほど離れたシャルトルという町に泊まっています。
数年前はここがスタートでした。
今はときどき雨がぱらついていまして、明日の午前中も小雨という予報。
先週のロンバルディーアはひどかったけど、明日もまた雨か...。

ベルギーから運転手がクルマでオートバイを引っぱり、360kmの道を走って来てくれました。
携帯電話が早くも故障
携帯電話が早くも故障
先日、盗難にあって携帯電話も盗まれたので、ノキアのC5-03という現行モデルを買った。
ところが早くもタッチディスプレイが動かなくなった。
初期化してもダメ。
キャリアはボーダフォンなので、ボーダフォンの専門店に持って行ったら
「これはノキアの製品なので、ノキアのサービスセンターに持って行ってください」という返事が。
日本で例えるなら、ドコモで買った電話が壊れてお店に持っていったら、
「これはパナソニック製なので、パナソニックのお店に持って行け」というようなもの。

まあ、イタリアの消費者の権利はぜんぜん確立されておらず、おそらく先進国では最低レベルだと思う。
だから覚悟はしていたけど、ここまでひどいとは...。

土曜日にパリ〜トゥールに向けて出発して、月曜日に帰宅。火曜日に帰国便に搭乗といういそがしいスケジュールなのに、こういうことが起きるとは...。

イタリアにいると、無駄なエネルギーをめちゃくちゃ使います。
意見を求められ...
今年の春、あるクラシックレースのオーガナイザーから、
「日本のフォトグラファーにどの程度のビブを出せばいいのか決めかねているからアドバイスをくれ」という電話がかかって来たことがある。
ビブというのは、フォトグラファーに与えられるランクを示すもので、ゴールでの立ち位置などが違って来る。

昨日、そことは別の、世界でいちばん有名で巨大なレースのオーガナイザーから
「○○○のレースを取材するにあたり、いろいろ問題があると報告が上がって来ている。君の視点での問題点を言ってくれ」という連絡が来た。
初めてのことだったけど、苦手の英語で一生懸命問題点を報告した。

朝から、こういう仕事?に追われております。
古い映像をテレビで見て
古い映像をテレビで見て
知人宅で夕食をごちそうになり、自宅に戻ってテレビの国営スポーツチャンネルを見たら、1979年のコッパ・アゴストーニが流れていた。ウチのすぐ近くで行われるレースだ。
1994年まで世界選手権は8月下旬に行われていたのだが、このレースはその直前に実施されていたため、重要な調整レースとなっていた。
当然、国を代表する選手が集まって来る。
この放送ではバッタリーンがパニッツァを破って優勝した。共に、当時のスター選手だ。
観客は、現在のジロの山岳ステージよりも多いくらいで、本当にびっくりした。

このレースの取材は長らく行っていないけど、話に聞くとプロツール、今で言うところのワールドツアーではないので有名チームや選手が少なく、ひどく大会のレベルが下がったとのことだ。

僕はときどき、
「プロツールが始まって、なにが良かったのだろう」と自問自答することがある。
選手やスタッフに支払われる金はたしかに良くなったけど、他にメリットはなにかあったのだろうか?
逆にこうした地方のレースが大きな被害を被っていて、どんどん廃止に追い込まれている。
プロツール発足当時からその危険性は叫ばれていたけど、最近の不況も追い討ちをかけて、衰える勢いは止まらない。

古い映像を見るにつけ、昔の自転車競技の方がずっと良かったと思うのは、自分だけだろうか?

ホテルの予約等で頭が混乱
ホテルの予約等で頭が混乱
一昨日、ジロのコースが発表されたので、今、ホテルの予約に精を出しています。
ところがこれが大変な仕事。
部屋にインターネット設備があるかどうか、できればレストランもあった方が良い。南イタリアになると、駐車場があるかどうかは安全性の確保という観点から死活問題。

しかも、ここにきて、今週末のパリ〜トゥールの運転手の都合が悪くなって、代わりの運転手の確保も難しい状態。
パリ周辺に住んでいる運転手は非常に少なく、この大会でカメラマンがいつも頭を悩ませている。
もう、新城の出るイタリアのレースか、クラシック自転車のイベント・エロイカに行きたい気分。

ところで、ジロがミラノで終わらずにブレシアで終わることについて、今日の地元紙が1ページで報道している。
招致に関わる費用が7,000万円で、おそらく来年もミラノは辞退するだろうと。しかし、2015年のツールの誘致を考えているそうだ。
我が友人で、この辺りのヒーローであるジャンニ・ブーニョは、ミラノがゴールでないことに失望を隠せない。ツールがパリ、ブエルタがマドリードと決まっているのに、ジロがころころ変わるのはよくないと。
僕の24回のジロの取材経験で、たしかフィレンツェが1回、ローマが1回あったと思うけど、やっぱり最終ゴールはミラノに決まりだと思う。
じゃなかったら、ウチに簡単に帰れないじゃないか!

写真は一昨日のコース発表。この前に4人の選手が料理を作るイベントがあった。面白いけど、時間があまりに長い!