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サンスポのCYCLIST
サンスポのCYCLISTに、今年のツール・ド・フランスに関するインタビュー記事が掲載されました。
http://cyclist.sanspo.com
9年前のウィギンス
9年前のウィギンス
自分が持っているウィギンスの写真でいちばん古いのが2001年のトラック世界選でのもの。
ロードレースでは2003年、プロ2年目のこれ。
パリ〜ニースでエズ峠を越えているときのもの。
若い!
帰国
羽田に到着。朝6時到着便だったのだけど、ラウンジで写真を送り、これから銀座のキヤノンに行ってカメラの掃除と借りていたものを返却。
そのあと、チクリッシモ編集部に行って写真を渡し、今日の午後には自宅に着ける予定。

ここ数年、ツール・ド・フランスが終わったら写真集だとか、講演というものがあったのだけど、今年はないので、ちょっとゆっくりできるかな。
だけど、来年のレースのためのホテルの予約だとか、準備をもう始めなくてはならず、やることはいっぱいある。
Tour de France 最終日
Tour de France 最終日
連日、こういう感じで仕事して参りましたが、今日でいよいよ最後であります。
今夜はパリに泊まり、そして明日飛行機に乗って明後日、日本に到着。
しばらく、自転車のことは忘れたいです。

最終日前日
いよいよ、最終日前日となりました。
僕にとってツール・ド・フランスが終われば、シーズンの80%は終わった感じです。
月曜日にパリからの帰国便に搭乗予定。

昨日はレースが終わったあと、友人のクルマに乗せてもらって400kmを移動。
極めて順調で、奇跡的にとれたホテルもすごく安くて良い部屋だったのだけど、回りにご飯を食べるところがありませんでした。
ホテルの外にいた人にどこかこの時間で食べられるところがないか尋ねたところ、
「私が連れて行ってあげる。クルマに乗りなさい。家にも寄って行きなさい」とあまりに親切。
だけど、それが実に怪しいので、逃げるように退散。というか、本当に走って逃げました。
結局、夕食なしだったのだけど、友人がくれたビスケットとコカコーラ、それに水があって、実にありがたかったです。


今日は本格的ピレネー
今日は本格的ピレネー
今、泊まっているのはポーにあるホテル。
写真は部屋からみた駐車場。ツール・ド・フランスの関係者もたくさんいる。
外は快晴で、これから第16ステージ、ピレネーの山岳コースに突入する。

メディアはフランク・シュレクの陽性反応に大騒ぎ。
だけど、最終結論が出るのはずっと先のはず。
コロブネフも昨年のツールで陽性が出たけど、無罪判決が出たのは7ヶ月もあと。今はレースを走っている。そのとき、UCIは2年間の出場停止を求めている。
もし、2年間食らっていたら、冤罪である。
そして、強くて金がある強い選手は弁護士を雇って抵抗できるけど、金のない選手は釈明すら許されないのが実状である。
どういう結論が出るか分からないけど、みんな冷静にならなくてはならない。
釘巻き事件、無線はよく聞こえなかった
釘巻き事件、無線はよく聞こえなかった
腰痛は治まり、順調に取材を継続している。
だけど昨日の釘まき事件、ゴールするまで知らなかった。
僕は優勝したL.サンチェスやジルベールを追っていて、後方の方で発生したのだ。
しかもあの山の下りはかなりのくねくね道の上、道路は少し波打っており、ここを時速80kmで下るのは恐怖だった。
そのとき、僕らのオートバイはプロトン並みの混雑状態で、ヘルメットの中で聞いているラジオツールもよく聞こえなかったのだ。

写真は昨日の最後の山の下り。この密集状態の車間でくねくね道を80kmで下るのは、経験を積んでいる自分でもかなりの恐怖だった。
腰痛に見舞われてます
腰痛に見舞われてます
もう腰が痛くて大変。
原因はオートバイ。
カワサキの今のオートバイって、後部座席の設計自体が悪く、長い時間は乗れない。
タンデムの文化がない国の製品だからだろうか。
でも昔のカワサキは良かったのになあ...。
とにかく、BMWがやっぱりいちばん信頼できる
マキュウェン
マキュウェン
スタートにあるヴィラージュ(関係者が入れるスタンドの集まり)で一人コーヒーを飲んでいると、マキュウェンがやって来た。
現役を引退すると、選手は元の一人の人間に戻るのと、元々彼は趣味でこの仕事をやっていると言っていたくらいだから、愛想はいい。

ゴールドコーストでの生活は快適だし、グリーンエッヂのスタッフとしてまだ残っているからレースへのノスタルジーはないし、一昨日の休養日も80km走ってきたそうだ。

ツール・ド・フランスが終わったら、なんとベルギーで2回クリテリウムを走るというし、それどころか、ジャパンカップの前日のクリテリウムにも出場するというから驚きだ。

ツール・ド・フランスのガイドブックは各国で出版されていて、僕の写真が使われているのはフランス版(世界共通のベースとなる)、イギリス版、オーストラリア版、日本版、中国版なのだけど、オーストラリア版には彼のベルギーの住まいだったところで撮った息子との写真が未だに使われている(当時から子供はさらに増えて3人となったとのこと)。
それを言ったら
「俺の昔の写真でまだ金がもらえていいね!俺にはまったく入ってこないよ」と、選手が良く言うジョークが...(笑)。

とにかく、日本に来るまで脛毛だけは剃って来てねと言っておいた。だって剃っていないんだもん。

で、昨日、最後の山を越えてゴールに向かっているとき、自転車で走っているサイクリストがいる。
コースは閉鎖されているのに、いったい誰が走っているのだろうと思ったら彼だった。

今日は休養日
今日は休養日
今日は休養日なので、念願の洗濯をやってきました。
ヨーロッパではコインランドリー1つ探すのも苦労します。
僕の運転手なんか、コインランドリーがなんなのかもよく分かっていないくらい...。
日本の便利さに慣れてしまったら、ヨーロッパでの生活はすごく苦労します。

でも普段はこうしてちゃんと仕事してます。
このピンぼけの写真、第2ステージまでのベルギー人が運転するオートバイで、今はパオロというイタリアの運転手にやってもらっています。
今回のツール・ド・フランスの中にいる唯一のイタリア人オートバイ運転手と、オートバイに乗る唯一の日本人フォトグラファーのコンビです。
蜂に刺された
蜂に刺された
レースが終わってからプレスルームで写真を送り、そしてオートバイでホテルに向かっているときに、ヘルメットの中に虫が入って耳を刺された。
そのあと、首を数カ所刺され、痛みで悲鳴を上げた。
刺されて数時間が経過したが、今も真っ赤に腫れていて、ひりひりする。

しかし、今泊まっているCampanileホテル。チェーン店なのだけど、インターネットが絶望的にひどく、写真が送れない。
もう絶対にここには泊まらない。といったものの、さらに明日から2連泊。仕事がストップすること必至。
About Arashiro
About Arashiro
新城が逃げてくれて、撮った写真は200点以上。
だけど、その中にたくさんこういう写真があって、まあ...。
しかし、プロトンでゆっくり走っている選手としゃべることはよくあるけど、逃げている選手が
「僕、この辺に住んでいたんです」なんて言って来たのは初めてだな(笑)。

ふざけて苦しそうな顔をしてくれたのが、数年前のツール。
で、その写真、ジャパンカップのポスターに使われてました(笑)。
カメラを向けると笑う奴
カメラを向けると笑う奴
って、世界で新城だけかと思っていたら、カンチェッラーラもだよ。
ホント、いつも。
以前、なにか自分たちの間におかしいエピソードでもあったか振り返ってみても、記憶にないのだが...。
最悪の通信環境
ホテルのインターネットが最悪で、一枚の写真を送るのに数十分かかる。
これで全部の仕事がストップ。
ホテルのインターネットに関しては、いちばんいいのがスペインで、最悪がフランス。
フロントに状況を言ったら
「私は知りません」と、お決まりの言葉。
伝統である。