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パリから高校時代を想った
昨日出国して、今はパリの近郊に宿泊しています。
今日はオランダのアッセンまで600kmほどクルマで走り、ブエルタの取材に入ります。

機内では、ちょうど前から観たかった映画「剣岳・点の記」をやっていました。
まあ、僕の住んでいる富山を舞台にした映画だし、僕も高校生のときには5月から8月まで毎週スキーの練習で立山に行っていました。この剣岳にも登ったことがあります。

地元の新聞やテレビでは絶賛しまくりだったけど、実際映画を見に行った友人たちの評価は良くなくて、本当はどうなのだろうと思って興味深く見ました。
驚かされたのは最後の登頂のシーン。いよいよクライマックスというときのシーンがまったくなくて、場面が変わって「はい、登頂しました」。あれはないよなあ。
自転車で言えば、世界選手権の最後の2周の記述がなくて、はいベッティーニが優勝したというようなレポートだなあ。まるで、自分が書くやつみたいに(笑)。
時間と金がなくて、撮影ができなかったのかなあ。
そのあと観た「96時間」の方がずっと面白かったです。

しかし、剣岳といえば、忘れられない思い出があります。
高校のスキー部の合宿は例年、剣沢小屋に泊まって1週間ほどあったのだけど、ある日、剣岳に日帰り登山があったのです。
下山途中に剣山荘の前を通ると「お疲れ。ビールでも飲んで行くか」と、僕ら高校生にビールが振る舞われたのです。
僕ら数人はこっそり隠れて飲みました。
その日はたまたま夕食がカレーライスで、先生の前に座った奴が「おお、辛い」といってふーふー食べたところ、ビール臭さがバレ、大変なことになりました。
その年はライバル高校との合同合宿で、バレたのはライバル高のやつ。
僕の時代は正座やビンタ、坊主が当たり前でしたが、芋づる式にバレれることはなく、僕がバレていたらそうした体罰どころか、合宿は即刻解散だったらしいです。
でもライバル高の連中は、先生からの「おまえら、反省の態度を見せろ」の一言で、夜明け前から雪の上に出て滑っていました。
その先生は、前回のトリノ五輪のアルペンチームの団長を務められました。
「先生、今の生徒にも僕らのときみたいに、びしばしやってください。パリから応援しています(笑)」
来週からブエルタ
昨日、チクリッシモ編集部でツール・ド・フランス号(明日発売)を見ました。
手前味噌ですが、なかなか面白いと思います。みなさん、ぜひお買い求めください。
それから、次号および他の企画などを話し合って来ました。

ところでUCIから世界選の出場枠が発表され、たしかに今年からジャラベールが指揮する予定のフランス、それからオランダは6名になっていたけど、日本は3名の枠しかとれず、がっかり。
ガゼッタの報道によるとほぼ決定となっていたから舞い上がった。UCIのデータではたしかにアジアツールの7月時点で日本はトップだったけど、8月になるとカザフとイランにやられて3位。

そのガゼッタは昨日、「ペタッキ、ランプレに行くのか」という報道をした。ジロのあと、クイックステップに行ってツールに出場すると言われていて、僕もマネージャーに電話して直接確認したのだけど、そのときはやはり確定はしていなかった。
まあとにかく、今現在、カヴェンディッシュに対抗できるのはペタッキしかいないと思うのだけど、あのチームじゃレースどころではない。

同じチームのディルーカの陽性事件だけど、大会期間中ずっとパスしていたのに、最後になって陽性など、常識ではちょっと考えられない展開だ。本人は徹底抗戦の構えだが、検査結果はもう出てしまっており、まあ長引くだろう。

僕は来週からブエルタと世界選、さらにロンバルディーアなどの取材で2ヶ月ほどヨーロッパだ。
CICLISSIMO』(チクリッシモ)第15号
CICLISSIMO』(チクリッシモ)第15号
砂田弓弦監修の自転車ロードレースマガジン『CICLISSIMO』(チクリッシモ)第15号が発売になります。
「ツール・ド・フランス完全レポート」の特大号です。
通常号よりもページを増やし、どこよりも深く広い内容で、09ツールのすべてをレポート。
焦点は、日本人選手が13年振りに出場して初完走を果たしたこと。別府史之、新城幸也両選手の活躍を、全16ページで詳細にレポート。さらに、2度目の王座に就いたコンタドール、復活して3位入賞を果たしたアームストロング、アスタナとサクソバンクが火花を散らした山岳ステージの決戦、監督として9回目の優勝を果たしたブルイネール、最高の効率を追求したチームバイク……ツールをいろいろな角度からとらえた記事が満載のまさに保存版です。
付録は、モン・ヴァントゥーを上る別府史之のA2判ポスター。
●チクリッシモ第15号、サイクルスポーツ臨時増刊、八重洲出版発行、8月20日(木)発売、税込み定価1,680円、A4ワイド判132ページ、付録:別府史之A2判ポスター
世界選手権
今日のガゼッタを見て驚いた。
1国あたり最大9人の枠が与えられるのはスペイン、イタリア、オーストラリア、ドイツ、ロシア、ルクセンブルク、ベルギー、イギリス、アメリカ、ノルウェー。ここからフランスとオランダが外されたのだ。これはガゼッタが見出しで報じている。
一方、6人枠の国はスロヴェニア、コロンビア、ポーランド、南アフリカ、ポルトガル、ベネズエラ、そしてなんと日本が入ったのだ。もしかして95年のドゥイタマ(コロンビア)大会以来?
優勝したオラーノが俺と一緒のエコノミークラスで帰国したかと思えば、全員が1周目で切れたにもかかわらず、ビジネスクラスで帰国された日本選手団御一行...あの95年大会以来?
ガゼッタは、「最近の自転車競技の勢力図は変わって来ているとはいえ、この決定に矛盾点も感じる」と結論づけているが、そうだろうか?
フランスとオランダが外されるのは当然ではないか。
一方、ベネズエラと日本はたしかに6人は多いとは思うけど、両国ともドーピング違反者はほとんど出ていない。こうしたことも基準(まあ内申書というべきかな?)に加えてもいいのではないかと思うのだ。
それに、14年前の日本選手団とは比較にならないほど今の方が強い。
書いているジャーナリストは仲のいい友人だけど、今度会ったらぜひ議論したいものだ。
散財日記
今日は猛暑。でも明日の午後にはまた雨というから、午前中に自転車に乗って汗をかいた。
昼は冷やし中華とビール。ヨーロッパにいるときは昼でも飲むけど、日本ではめったに飲まない。でも今日は特別。
午後は草刈り。これには大汗をかいて、お茶を2リットル飲んだ。夜は当然ビール。以前からサントリー・ザ・プレミアム・モルツがお気に入りだ。

昨日は噂のカメラを見に行って来た。
ひとつはオリンパスE-P1、もうひとつはリコーGR DIGITAL III。
幸いにして物欲はさほど刺激されず、カタログだけもらって帰って来た。

でも実は帰国して以来、またけっこうな買い物をしている。
一つは書斎の椅子で、とうとうアーロンチェアを買ってしまった。
明日到着予定だ(リビナ・ヤマギワのIさん、いつもありがとうございます!)。
もう一つはレース無線の受信機で、これも昨年来マニアの間で話題になっているSTANDARDのVX-8。なにしろ初めてBluetoothを搭載したのだ。僕自身、これは使える!と思っている。今度のブエルタ・ア・エスパーニャに早速持参予定だ。

なんか、仕事で役立つとなると、物欲を押さえきれなくなってしまう。
今日、MacBook Proの15インチにも非光沢ディスプレイがオプションで用意されたと知って、思わずサイトを見に行ってしまったし。うーん、いかん、いかん。

しかし、仕事で稼いだ金を仕事の道具につぎ込むのと、仕事しないでのんびり暮らすのと、どっちがいいのだろうと素朴な疑問を持つ今日この頃である。
もうちょっと勉強しようね
先日、クルマの中でゲロを吐かれてしまったので、クルマのコーティングとクリーニングの専門業者のところに行って来た。
ホームページがしっかりしていたのが決め手となった。
クルマ関係の店というのは、若いのが勢いで始めたようなところが多い。
だから、接客さえもちゃんとできないようなところが少なくないので、店の顔とも言えるホームページは判断材料になると思う。
案の定、しっかりとした人で仕事も丁寧だったし、話も弾んだ。
その人は、
「まともな仕事とは思えないような業者もたくさんありますから」と言っていた。
うーん、たしかに自転車の世界もそうだ。
雑誌や雑誌広告を見ると、「こんな素人写真を使って恥ずかしくないのだろうか」と思うときがある。

今日、玄関の呼び鈴が鳴った。
「○○銀行です」と若い男の営業だった。
「ツール・ド・パリから戻られたのですか』
「いいえ、ツール・ド・フランスです」
「ライターをされているのですよね」
「いいえ、カメラマンです」
(以下省略)

もう、忙しいから来ないで欲しいよ。
マイTour de France終了かな
帰国して2週間ほどが経つけど、今日でツール関係のいろんな仕事がだいたい終わった。
バカたれ天気が続いていたけど、昨日は1ヶ月ぶりに自転車に乗って来た。
でも今日はまた雨。しかし、仕事がだいたい片付いたこともあり、雨の中を1時間ほど乗って来た。
昔から雨の中を走るのはけっこう好き。
明日は自転車を洗おう。
そして年末に向けての自分なりのプロジェクト(まだ発表できませんが)に向けてスタートしよう。
その記念に明日も洗車してから乗ってこよう!
サンセバスティアン
サンセバスティアン
サンセバスティアンは、恥ずかしながらこれまで1回しか取材したことがないが、そのときはアームストロングがジャラベールを破って優勝している。
この大会の歴代の勝者を見ると、大選手で占められている。
昨日のレースは見ていないのだけど、バレドが勝ったらしい。

2006年のツール・ダウンアンダーで彼を個別に撮影したことがある。
その前の年のツール・デ・フランドルで逃げたため、ベルギーのヘット・ニューズブラッド紙からの依頼だった。
先日のツール・ド・フランスの最終日の移動のバスの中でも席が隣だった。
その数日前にホテルで話をしていたのだけど、イタリア語はとてもうまくなっていた。
クイックステップは事実上、ベルギーとイタリアの混成チームなので、多くの選手がイタリア語を理解するのだ。今やボーネンだってかなりのものだ。
ツール・ド・フランスの後半、クイックステップの多くの選手が下痢に悩まされていて、彼もそのうちの一人だったのだけど、調子は上向いていると言っていた。
その結果が今回の勝利である。
現在28歳。今が選手として成熟のときだろう。

写真は2005年のツール・ダウンアンダーでのもの。蛇嫌いの人は見ないでください(僕も大嫌いです)。ただし、ベルギーの新聞に載ったのは別の写真。