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ブエルタ第5ステージ
ブエルタ第5ステージ
昨日はマドラソが勝った。
ちょっと前にフェイスブックで友達申請をしてきた選手なんだけど、まさか彼が勝つとは思わなかった。しかもワンツーフィニッシュである。
ブルゴスという小さいチームで走っているだけにチームメイトの喜びは尋常ではなく、ゴールラインを過ぎたあたり、つまり僕らフォトグラファーが陣取るあたりでみんな抱き合って喜んだ。
これによってレースディレクターの車が通れず、ゴールは大混乱。
写真もめちゃくちゃになってしまった。
ブエルタの名物シーンだった。
しかし、小さなチームがグランツールのステージを取るのは本当にいいものである。
今年のジロでNIPPOのチーマが勝って以来の感動的なシーンだった。
フェリーチェ・ジモンディ
フェリーチェ・ジモンディ
イタリアのスーパースターだったフェリーチェ・ジモンディが他界した。
葬儀のビデオを見たが、各関係者の思い出話はとても興味深く、僕の知らなかったこともたくさんあった。

ファッサボルトロで監督を務めたジャンカルロ・フェレッティはかつてジモンディのアシストだった(のちにジモンディが所属していたチームの監督にもなる)。
レース中、ジモンディは腕を回してアシストに前に出てこいと指示することがよくあったという。
ジモンディはいつも先頭から五番以内で走っていたからだ。
だけど、アシストにとって、いつもそんな前をいつも走るのは無理。
そこである日、ジモンディにこう言ったという。
「僕らの脚は君の脚とは違う。もし同じだったら、みんなフェリーチェ・ジモンディみたいな選手になっているよ」

強い選手は監督になってはいけないとヘンドリック・ルダンは言った(現ディメンションデータ監督)。
なぜなら、自分ができることはみんなができると思い込んでしまうからだ。

グルッペット
以前、日本でイタリアの自転車工房がチクリと呼ばれていて、一体何のことかわからなかった。
チクリとは自転車の総称で、自転車工房のことではない。
おそらくどこかの工房がたとえば「チクリ・スナダ」(=自転車の砂田屋)と看板を掲げていて、これを日本人が誤解したものだと思う。
僕はイタリアの自転車工房の本を2冊出した他、自転車専門誌や一般誌で数え切れないくらい記事を載せたけど、このチクリという言葉を打ち消すのもライフワークみたいなものだった。

今、恐ろしく誤解されているのはグルッペットというイタリア語である。
遅れた選手の集団という風に日本で解釈されているようだけど、イタリア語では単に小集団の意味で、逃げている集団も普通にこのように呼ばれる。
ぜひ是正してもらいたい。

友人の息子の事故
ツール・ド・フランス期間中だったので知らなかったけど、イタリアのジュニア選手がベルギー・ヘントのトラックで落車。そのとき、尖った木が腹を貫通するという痛ましい事故が起きていた。
実はこの選手のお父さんと僕は若いときチームメート。息子は将来を期待されていて、今はナショナルチームのメンバーにも抜擢されている。
今シーズンの復帰は難しいが、また来シーズン頑張って欲しい。

https://www.gazzetta.it/Ciclismo/13-07-2019/papa-gobbo-trafitto-un-listello-pista-ma-ora-lorenzo-sta-meglio-340844239739.shtml